わずか2泊3日の間に、ユニット結成&動画完成🎵
Yuiさんは、すてきな「舞台衣装」を調達して、撮影に挑みました!
うまくいかなくても、ノープロブレム。楽しみながらのファースト・テイク(1発撮り)。機材はiPhone。地下フロアはエコーが響いて、マイクなしでも、そこそこいい感じにできました。
天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信
今週末、バンガロールのですてきなヴィーガン・マーケットが開催される。友人のNamuが主催する、彼女おすすめのオーガニックなプロダクツが一堂に会するマーケットだ。ヘルシーな食料品をはじめ、衣類やコスメティクス、雑貨など、高品質で心身によい商品が手に入る。わたしも毎回訪れては、新たなブランドを発見し、生活に取り入れている。
今回は、マイソールに住むわたしの友人Shruthiも出店。ヨガの師匠でもある彼女が経営するSAYOGAというヨガ関連の商品が販売される。中でもわたしが気に入っているのは、彼女がデザインしたヨガマット。天然素材で肌に心地よく、マットの両端の滑り止めが秀逸。裏面もマットがずれないような加工が施されていて、使い心地は抜群だ。
これまで開催されたマーケットの詳細は、ブログや動画に残している。イメージがつかめると思うので、どうぞご覧ください。なお、わたしは明日土曜日の午後、足を運ぶ予定。見かけたら、どうぞお声をおかけください。お勧めの商品を紹介します。
🌱ヴィーガンでなくても十分に楽しめる「Namu Recommends Vegan Market」(2022/12/18)
https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/12/namu.html
🌱Gourmet & Organic Market/ グルメ&オーガニック、サステナブルなローカル・ブランドが一堂に。高原の風に吹かれて、ヴィーガン・マーケット。
🌱ヴィーガン・マーケットで自然派コスメやスキンケアプロダクツ(2021/08/10)
https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/08/vegan.html
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先日のデリー旅の記録。日本とインドのフォーラムについて、個人的な印象などを総括しておきたかったのだが、昨日は松川るい氏のことを書き残すに留まった。
昨日は、拙宅(新居)で女性の勉強会を実施したのだが、それもまた、さらっと書くには憚られる、非常に大切な内容。後ほどじっくり記したい。
今日のところは、軽やかにベンガルール(バンガロール)国際空港の新しいターミナル、到着ロビーの写真を残しておこう。概ね一年中、降り立てば爽やかな風に包まれて、幸せな心地にさせられるデカン高原、標高900メートル超の都市、空の玄関口。
まだ完成には時間がかかりそうだが、それでもターミナル1に比べると、遥かに開放感があり、洗練された空間が広がる。またしても、我がファッション、情景とコーディネート。
荷物受け取りのフロアにて出迎えてくれる象たち。これは、環境に悪影響を与える植物「ランタナ・カマラ」から作られているという。「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定されている南米原産のこの植物。1800年代に観賞用としてインドに持ち込まれた。しかし現在、このとげのある低木は、インドの多くの森に蔓延、日光、水、栄養分を使い果たし、野生動物の移動に悪影響を与えているという。特にゾウの生活環境を脅かしているとのこと。
これら象の像(!)は、象の保護活動家たちのアイデアにより、ここカルナータカ州、タミル・ナドゥ州、ケララ州の森林に住む先住民の職人や部族のコミュニティによって作り上げられたという。ターミナル2の理念の一つは、サステナビリティ(持続可能性)。その象徴としての象たちだ。
ターミナル2には今後、さまざまなインド人芸術家たちによる作品が展示されることになる。旅するたびに、それらを少しずつ、目にすることになるだろう。本当に楽しみだ。
一昨日の夜、バンガロールに戻って来た。空港に降り立つたび、高原の風の心地よさに、心身がのびのびとする。いいことばかりじゃないけれど、やっぱりバンガロールを終の住処と決めてよかったと、改めて思う。
さて。INDIA JAPAN FORUMについて「③の総括」を記したいところだが、戻って早々、少々立て込んでいた。今日は新居で勉強会を開催したこともあり、その準備などをしていたのだ。勉強会のことは後ほど記すとして、デリーでの思い出も残しておきたい。
デリーでは、いつものように夫Arvindの伯父(亡母の兄)と伯母の家に立ち寄る。大家族、大親戚が一般的なインドにおいて、しかし夫の親戚は極めて少ない。ロメイシュ・パパは一人っ子。ゆえに伯父と伯母の一人息子が、夫にとって唯一の従兄弟だ。
伯父と伯母の家に来ると、インドとパキスタンの分離独立以前からの、家族の歴史や事業の話、その後の政治的な出来事の話などを聞くことができ、いつもとても、勉強になる。伯父はまた、Arvindと同じボストンのマサチューセッツ工科大学を出ており、伯母はワシントンD.C.のジョージタウン大学を卒業している。
伯母の父が外交の仕事をしていた関係で、伯母の家族はワシントンD.C.に暮らしていたが、伯母の母も大学に通いたいと試験を受け、なんと伯母と共にジョージタウン大学に通っていたという。
当時、米国でも「母娘同時入学」は話題になったようで、新聞にも紹介されていた。以前、古いファイルに保管された記事を見せてもらった。そのファイルには、ホワイト・ハウスで開かれたJ.F.ケネディ主催の晩餐会の招待状なども綴じられていて、とても興味深かった。
伯母は久しく、Family Planning Association of Indiaの会長も務め、世界各地を飛び回っていた。Arvindの祖母はじめ、伯母、従兄弟の妻……と、それぞれ能動的に、深く社会に貢献する女性たちがいて、少し話を聞くだけでも大いなる刺激を受ける。
ちなみに、伯父と伯母の出会いも、ニューヨークが運命の場所だ。もっとも二人がニューヨークで出会ったわけではない。Arvindの亡母は若いころ、国連のユネスコで働いていたのだが、ニューヨークで開催されていたイヴェントでインド・ブースを担当した。そのときに、伯母と出会ったのがきっかけで、自分の兄を紹介することになったという。
わたしと夫との結婚の後押しをしてくれたのはまた、日本企業とのビジネス経験も豊富だった伯父だったこともあり、少ない親戚ながらも、出会いのご縁を強く感じずにはいられない。
ところで伯父夫妻宅の壁に架けられた青い絵画は、マンハッタンを描いたもの。わたしはこの絵が好きだ。
今回のデリー滞在は、日本とインドのフォーラムに参加することが主目的だったこともあり、外出は少なめ。デリー宅の内装工事やペンキ塗りなど、課題はあれど、今回は全部スルーした。朝夕は少し気温が下がったので、家の裏にある庭を散歩する。
大きなインド菩提樹を見上げながら、ロメイシュ・パパと歩いたことを思い出しつつ……歳月の流れが沁みてくる。
いつ、誰と会う時も「これが最後になるかもしれない」と思おう。それは悲観的な意味ではなく、今このときを、慈しむという意味で。
交わした会話も大切に、心の中に綴りおく。
⬇︎以下は夫のインド家族の物語の断片。
[Memories with Papa 05] 散骨の長距離ドライヴ。家族のルーツを辿る旅(2020/01/18)