インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    わずか2泊3日の間に、ユニット結成&動画完成🎵

    Yuiさんは、すてきな「舞台衣装」を調達して、撮影に挑みました!

    うまくいかなくても、ノープロブレム。楽しみながらのファースト・テイク(1発撮り)。機材はiPhone。地下フロアはエコーが響いて、マイクなしでも、そこそこいい感じにできました。

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    I bought some soaps, coconut oil and CBD oil, which I already love, and found some new brands.

    At this market, you can pick up a wide range of products that have been nurtured in the Indian soil and enjoy the ‘bounty of nature’. It is always fresh and new, especially as new ideas from creative young people are taking shape.

    Today, my friend Shruthi was also opening a stall, so my friends and I were all there. For lunch, I had a vegetarian hamburger. It was quite tasty.

    My husband also bought two nice organic cotton shirts. Both look great on him.

    As always, I admire the efforts of the organiser, Namu! Thank you very much! The market is still open tomorrow. If you live in Bangalore, please visit!

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    🌱今日、NAMU RECOMMENDS VEGAN MARKETへ行った。すでに愛用している石鹸やココナツオイル、CBDオイルなどを買ったり、新しいブランドを見つけたり。

    このマーケットでは、インドの大地に育まれた、「自然のめぐみ」を享受した商品の数々を手にすることができる。クリエイティヴな若者たちの新しいアイデアが形になっていて、いつも新鮮だ。

    今日は友人のShruthiが出店することもあり、友人らも一堂に会した。ランチは、ヴェジタリアンのハンバーガーを食べた。なかなかに美味だった。夫もすてきなオーガニックコットンのシャツを2枚購入。どちらも、とても似合っている。

    主催者であるナムの尽力に、いつもながら、敬服。どうもありがとう! マーケットは明日も開催。バンガロール在住の方は、ぜひ足を運んでください。

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    木曜の朝、楽しみにしていたゲストがご来訪。2012年から2017年までミューズ・クリエイションのメンバーだったAsamiさんと、お嬢さんのYuiさんが、2泊3日で我が家に滞在。ミューズ・クリエイションでは、クアイアのピアノ伴奏を担当してくれたり、個人的に盲学校の子どもたちにピアノを教えに行くなど、とても行動的だったAsamiさん。

    バンガロールでご懐妊、日本帰国の直後に出産された、現在5歳のYuiさんを伴って、インド旅行にやってきたのだ。バンガロールで過ごしたあと、タージマハルを見に行くためにアグラへ行き、その後、ゴアを経てバンガロールに戻るという旅のルート。Yuiさんにとっては、もちろん初めてのインド。今のところ、とても元気に楽しんでいる様子だ。

    初日、二人はYuiさんのインド的ドレスを購入しに近所のモールへお買い物。このドレス姿で、わたしたち3人は「ファーストテイク」にて、歌を収録したのだ! その動画は近々アップロードするのでお楽しみに😻

    そうそう、Asamiさんとは、ロックダウンのときにヴァイオリニストのEmikoさんとわたしが結成した「SAREES」の動画作りで、2曲ほどピアノ伴奏で参加してもらっている。ぜひ、以下の動画もご覧ください。なお『手をとりあって』を歌い演奏している盲目のピアニストPraveenは、Asamiさんがピアノを指導していた男性。ミューズ・チャリティバザールほか、いくつかの音楽会でも演奏してくれた。

    ちなみに明日、Asamiさんは、パパになったばかりのPraveenに会いに行くという。ミューズ・クリエイションを通しての出会いや経験は、いつまでも温かく心に残り、未来への希望を紡いでいる。11年の歳月を経て、そのことを強く実感する。2012年6月から、ロックダウンで活動休止した2020年3月までに、共に活動してくれたのべメンバー228名に、心から感謝だ。

    そして、これからもまた、新たに活動を始めようという思いを駆り立ててくれる。……さて、これからVegan Marketへ出かけるので、そろそろ準備しよう。

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    🇮🇳🇯🇵 SAREES (9) 『アイノカタチ』Shape of Love by MISIA/カヴァー

    🇮🇳🇯🇵 SAREES (7) Ave Maria (Schubert), シューベルトのアヴェ・マリア

    🇮🇳🇯🇵IMJ (1) 『手をとりあって Teo Torriatte』by Queen/盲目のピアニストPraveenとの新ユニット IMJ (India Meets Japan)

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    今週末、バンガロールのですてきなヴィーガン・マーケットが開催される。友人のNamuが主催する、彼女おすすめのオーガニックなプロダクツが一堂に会するマーケットだ。ヘルシーな食料品をはじめ、衣類やコスメティクス、雑貨など、高品質で心身によい商品が手に入る。わたしも毎回訪れては、新たなブランドを発見し、生活に取り入れている。

    今回は、マイソールに住むわたしの友人Shruthiも出店。ヨガの師匠でもある彼女が経営するSAYOGAというヨガ関連の商品が販売される。中でもわたしが気に入っているのは、彼女がデザインしたヨガマット。天然素材で肌に心地よく、マットの両端の滑り止めが秀逸。裏面もマットがずれないような加工が施されていて、使い心地は抜群だ。

    これまで開催されたマーケットの詳細は、ブログや動画に残している。イメージがつかめると思うので、どうぞご覧ください。なお、わたしは明日土曜日の午後、足を運ぶ予定。見かけたら、どうぞお声をおかけください。お勧めの商品を紹介します。

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    🌱ヴィーガンでなくても十分に楽しめる「Namu Recommends Vegan Market」(2022/12/18)
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/12/namu.html

    🌱Gourmet & Organic Market/ グルメ&オーガニック、サステナブルなローカル・ブランドが一堂に。高原の風に吹かれて、ヴィーガン・マーケット。

    🌱ヴィーガン・マーケットで自然派コスメやスキンケアプロダクツ(2021/08/10)
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/08/vegan.html
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    Ap1

    先日のデリー旅の記録。日本とインドのフォーラムについて、個人的な印象などを総括しておきたかったのだが、昨日は松川るい氏のことを書き残すに留まった。

    昨日は、拙宅(新居)で女性の勉強会を実施したのだが、それもまた、さらっと書くには憚られる、非常に大切な内容。後ほどじっくり記したい。

    今日のところは、軽やかにベンガルール(バンガロール)国際空港の新しいターミナル、到着ロビーの写真を残しておこう。概ね一年中、降り立てば爽やかな風に包まれて、幸せな心地にさせられるデカン高原、標高900メートル超の都市、空の玄関口。

    まだ完成には時間がかかりそうだが、それでもターミナル1に比べると、遥かに開放感があり、洗練された空間が広がる。またしても、我がファッション、情景とコーディネート。

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    荷物受け取りのフロアにて出迎えてくれる象たち。これは、環境に悪影響を与える植物「ランタナ・カマラ」から作られているという。「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定されている南米原産のこの植物。1800年代に観賞用としてインドに持ち込まれた。しかし現在、このとげのある低木は、インドの多くの森に蔓延、日光、水、栄養分を使い果たし、野生動物の移動に悪影響を与えているという。特にゾウの生活環境を脅かしているとのこと。

    これら象の像(!)は、象の保護活動家たちのアイデアにより、ここカルナータカ州、タミル・ナドゥ州、ケララ州の森林に住む先住民の職人や部族のコミュニティによって作り上げられたという。ターミナル2の理念の一つは、サステナビリティ(持続可能性)。その象徴としての象たちだ。

    ターミナル2には今後、さまざまなインド人芸術家たちによる作品が展示されることになる。旅するたびに、それらを少しずつ、目にすることになるだろう。本当に楽しみだ。

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    ここ数日、日本のメディア等で、松川るい氏率いる自民党女性局のパリ視察が取り沙汰されている。わたしは、先週デリーで開催された日印フォーラムにて松川氏とお会いし、短時間ながらも言葉を交わした。彼女の力強いプレゼンテーションに、夫のArvindともども感銘を受けたことは、先日の記録②でも言及した通りだ。

    もしも、デリーで彼女とお会いしていなければ、わたしも多くの人と同様、彼女に対しネガティヴな印象を持ってしまったかもしれない。彼女のライフを何も知らないにも関わらず、だ。確かにあの写真が引き起こす反応を予測できなかったと言う点において、大いに問題があったと思う。ただ、その件だけをして、審判を下す世の趨勢に対しても、個人的に、危機感を覚える。

    今回の件は、自分の心の動きや言動に対しても、示唆と教訓を与えられたがゆえ、以下、彼女のデリーにおける「仕事ぶり」の片鱗を残しておく。

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    7月28日と29日の2日間に亘って開催された日本とインドの外交フォーラム。先日の記録①で記した通り、Arvindが所属する米国のグローバル組織「アスペン・インスティテュート」のインドにおける関連組織「アナンタ・センター」が、インド政府外務省との共催で開催された。「日印の協力を強化すべく、意見を交換し、相互信頼を築き、将来の協力のための共同アジェンダを策定すること」が目的だ。

    インドのジャイシャンカル外務大臣や日本の林芳正外務大臣をはじめ、両国の政治、外交、ビジネス、シンクタンクなどのエグゼクティヴ、メディア関係者や国際機関のゲストなど、約70名ほどの限られた人たちが参加するクローズドの催しだった。そんな中、わたしが参加できたのは、Arvindが主催者側であり、7つのセッションのうちの1つにて、彼がモデレータを務めることから、わたしもインドで活動するライター/NGO主宰者として招待された。

    わたしは普段から、仕事その他でお会いする方のバックグラウンドをあらかじめ調べる。こちらが取材する相手についてはもちろんのこと、先方から会いたいと依頼される場合においてもだ。お会いして相手に自己紹介をしてもらうよりも、あらかじめ略歴や活動内容を知っておいたほうが、お互いに「限られた時間」を有効に使える。そもそも相手の背景を知らずに面会を申し込むのも失礼な話だ。

    さて、今回も、フォーラムに登壇される日本からの参加者について、ざっとではあるが予習をしておいた。中でも、松川るい氏の経歴は印象的だった。東京大学法学部を卒業後、外務省に入省。米国ワシントンD.C.にあるジョージタウン大学で国際関係大学院修士号を取得。外交、安全保障、防衛、女性活躍、経済、教育、福祉など、多岐にわたる活動をされている。

    防衛大臣政務官として、彼女の提案により作成されたという子ども向けの「はじめての防衛白書」が、極めてわかりやすく、勉強になった。ホームページからダウンロードして、ざっと目を通したが、今、日本が置かれている軍事的背景がわかりやすく説明されている。

    そんな次第で、彼女のTwitter (X) を早速フォロー。ゆえに、彼女が直前までパリにいたことは知っていた。

    彼女のセッションは2日目の29日に予定されていたが、1日目の午後、会場にいらした。ご挨拶をしたところ、京友禅サリーの美しさを褒めてくださる。松川さんご自身、何枚かのサリーをお持ちだとか。わたしもかつてワシントンD.C.に住んでいて、ジョージタウン大学の「語学学校」に通ったのだという話をした。

    デリーへは、パリから直接いらしたとばかり思っていた。しかし聞けば、一旦、日本へ戻り、その直後にデリーへ飛び、そのまま会場入りされたとのこと。「なんとタフな!」と驚く。彼女はお若く見えるが52歳。パリ滞在も3泊5日の弾丸ゆえ、お疲れだろうと察するが、そんな様子は見受けられない。セッションの合間のティーブレイクには、積極的に日印双方の参加者と会話をされている。

    さて、2日目の朝9時ちょうどに開始された「防衛ネットワークの強化と侵略の抑止」のセッションに登壇された松川氏。10分にも満たない短時間に、しかし極めて的確にわかりやすく、日本の防衛備品の輸出に関する課題などをプレゼンされた。流暢で聞き取りやすい英語であることはもちろんのこと、堂々としていて怜悧。質問にも淀みなく返答されている。

    彼女の話を聞きながら、背景をより深く理解したくなったので、目立たぬようさりげなく、スマートフォンで関連情報を検索。さっと目を通して、なるほどと理解した。

    スクリーンに映し出されている彼女の写真は、インド財務大臣のNirmala Sitharamanに質問をされている場面だ。

    「外交」とは、一言では語れぬ、多くの会得すべき事柄がある。異国の社会や文化、歴史に対する知識と理解、各国間の関係性……。そして、異なる世界への敬意。さらには、相手と親交を深めるための社交性と行動力。直接、お会いして、積極的に言葉を交わすことは、非常に重要だ。

    わたしは、米国で約10年、インドで約18年暮らす間に、夫の仕事関係も含め、多くの社交の場に参席する機会を得てきた。あくまでもわたしの知る限りにおいてだが、海外において日本人の社交性が高いかといえば、決してそうではない。プレゼンテーションが苦手な人も多い。どんなにご本人の頭脳が優秀でも、優れた内容でも、言わんとすることが他者に伝わらなければ、成果を上げるのは困難だ。

    わたし自身、米国移住当初は、今よりも更に英語力が低く、社交の場で相手の話していることがよくわからず、情けない思いを重ねた。緊張したり失敗したりを繰り返した経験があるからこそ、コミュニケーション能力の重要性は身を以って実感している。

    今でこそ、年の功も手伝って、臆することはなくなったが、中途半端な英語力に甘んじている自分を、好きではない。勉強を続けていない自分にも感心しない。実は今回、松川氏の説得力ある話しぶりに触発され、わたしは改めて英語の勉強をすべきだとの思いに駆られた。個人的にも、彼女にお会いできたことはいい刺激になった。

    松川氏のポリシーやご活動の内容について、軽く賛同の意を表することができるほど、わたしは彼女のことをよく知らない。ただ、彼女のご様子を間近に拝見した者として、今回、ここにその印象を残しておく。昨今、長文が忌避されるのは百も承知。しかし、短文で伝えられる内容ではない。ここまでお読みくださった方だけにでも、わたしの書き残す意図をご理解いただければ幸いだ。🙏

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    ◉売れない日本の防衛装備品 輸出促進、利益率向上に課題

    ◉はじめての防衛白書(防衛省・自衛隊)

    ◉”Possible solutions to the Japan-South Korea crisis”

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    一昨日の夜、バンガロールに戻って来た。空港に降り立つたび、高原の風の心地よさに、心身がのびのびとする。いいことばかりじゃないけれど、やっぱりバンガロールを終の住処と決めてよかったと、改めて思う。

    さて。INDIA JAPAN FORUMについて「③の総括」を記したいところだが、戻って早々、少々立て込んでいた。今日は新居で勉強会を開催したこともあり、その準備などをしていたのだ。勉強会のことは後ほど記すとして、デリーでの思い出も残しておきたい。

    デリーでは、いつものように夫Arvindの伯父(亡母の兄)と伯母の家に立ち寄る。大家族、大親戚が一般的なインドにおいて、しかし夫の親戚は極めて少ない。ロメイシュ・パパは一人っ子。ゆえに伯父と伯母の一人息子が、夫にとって唯一の従兄弟だ。

    伯父と伯母の家に来ると、インドとパキスタンの分離独立以前からの、家族の歴史や事業の話、その後の政治的な出来事の話などを聞くことができ、いつもとても、勉強になる。伯父はまた、Arvindと同じボストンのマサチューセッツ工科大学を出ており、伯母はワシントンD.C.のジョージタウン大学を卒業している。

    伯母の父が外交の仕事をしていた関係で、伯母の家族はワシントンD.C.に暮らしていたが、伯母の母も大学に通いたいと試験を受け、なんと伯母と共にジョージタウン大学に通っていたという。

    当時、米国でも「母娘同時入学」は話題になったようで、新聞にも紹介されていた。以前、古いファイルに保管された記事を見せてもらった。そのファイルには、ホワイト・ハウスで開かれたJ.F.ケネディ主催の晩餐会の招待状なども綴じられていて、とても興味深かった。

    伯母は久しく、Family Planning Association of Indiaの会長も務め、世界各地を飛び回っていた。Arvindの祖母はじめ、伯母、従兄弟の妻……と、それぞれ能動的に、深く社会に貢献する女性たちがいて、少し話を聞くだけでも大いなる刺激を受ける。

    ちなみに、伯父と伯母の出会いも、ニューヨークが運命の場所だ。もっとも二人がニューヨークで出会ったわけではない。Arvindの亡母は若いころ、国連のユネスコで働いていたのだが、ニューヨークで開催されていたイヴェントでインド・ブースを担当した。そのときに、伯母と出会ったのがきっかけで、自分の兄を紹介することになったという。

    わたしと夫との結婚の後押しをしてくれたのはまた、日本企業とのビジネス経験も豊富だった伯父だったこともあり、少ない親戚ながらも、出会いのご縁を強く感じずにはいられない。

    ところで伯父夫妻宅の壁に架けられた青い絵画は、マンハッタンを描いたもの。わたしはこの絵が好きだ。

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    今回のデリー滞在は、日本とインドのフォーラムに参加することが主目的だったこともあり、外出は少なめ。デリー宅の内装工事やペンキ塗りなど、課題はあれど、今回は全部スルーした。朝夕は少し気温が下がったので、家の裏にある庭を散歩する。

    大きなインド菩提樹を見上げながら、ロメイシュ・パパと歩いたことを思い出しつつ……歳月の流れが沁みてくる。

    いつ、誰と会う時も「これが最後になるかもしれない」と思おう。それは悲観的な意味ではなく、今このときを、慈しむという意味で。

    交わした会話も大切に、心の中に綴りおく。

    ⬇︎以下は夫のインド家族の物語の断片。
    [Memories with Papa 05] 散骨の長距離ドライヴ。家族のルーツを辿る旅(2020/01/18)

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    無事に、2日間のフォーラムを終えて、今日の夕刻、バンガロールへ戻る。夫Arvindもモデレータとして登壇した昨日のフォーラムについて言及する前に、12年前のことを記しておきたい。2011年9月。東日本大震災の余韻が重く残る東京にて、しかし大々的に3日間に亘る「日印グローバル・パートナーシップ・サミット」が開催された。

    わたしは招待されなかったが、どうしても参加したかったので、一般枠に申し込み出席したのだった。後半の写真はそのときのもの。ご覧の通り、森喜朗氏はじめ、鳩山由紀夫氏、安倍晋三氏、菅直人氏……と歴代首相が登壇。実は菅氏は「首相」として参加予定だったが、数日前(!)に政権交代。最終日に、野田佳彦首相が厳戒なる警備のもと、ステージにて挨拶をされたことが印象に残っている。

    12年前に色濃く打ち出された日本とインドの連携にまつわる諸々が、歳月を経て今、どう変化しただろうと、検証したくなるこの2日間でもあった。なお、2011年の日印グローバル・パートナーシップ・サミットに関する記録も、臨場感たっぷりに、ブログに残しているので、関心のある方にはぜひ、ご覧いただきたい。

    ♦︎初日は、日本とインドの外務大臣によるセッションで開幕した今回のフォーラム。その後、Quad (クアッド/日本・米国・オーストラリア・インド4カ国の戦略対話。2007年安倍晋三首相により提唱された)インド太平洋におけるパワーバランスや、半導体やクリティカルミネラル(重要な鉱物)、北東インドへのインフラストラクチャー投資などをテーマにしたセッションが4本、続いた。

    ♦︎2日目の昨日は、防衛ネットワークの強化と侵略の抑止をテーマにしたセッションで開幕。近年の日印外交の礎を築いた第一人者が森喜朗元首相であることや、安倍晋三元首相がそれ継承し、マンモハン・シン元首相やモディ首相との外交を積極的に深めて来た経緯は、わたしも知るところだ。

    ♦︎初めて知ること、学ぶことが多い中、昨日は、自由民主党所属の参議院議員(大阪)の松川るい氏の話が特に勉強になった。日本の防衛備品の輸出に関する課題、その背景と安倍元首相の尽力など。同氏はワシントンD.C.のジョージタウン大学(わたしも通ったが、英語学習コース😅)も卒業。聞き取りやすい流暢な英語で、怜悧に堂々と、短時間で的確に説明される姿に感じ入った。以下、関連記事を見つけたので、参考までに。

    ◎売れない日本の防衛装備品 輸出促進、利益率向上に課題

    ♦︎松川氏はじめ、日本人、インド人、男女問わず、多くの方から「サリーがすてきですね」と声をかけられる。初日に着用した「京友禅サリー」は日本とインドの文化交流の象徴でもあり、会話の端緒にもなって非常によい。ちなみに2日目の赤と黒のサリーは、カンタ刺繍というベンガル地方由来の、刺し子風の刺繍が施されたもの。

    モディ首相は、しばしばインドの伝統的な手工芸による高品質なストールを身につけていらっしゃるが、昨日、言葉を交わしたインド高官のお一人が、カンタ刺繍のストールを首に巻かれていて、とてもすてきだった。

    ♦︎さてその後は、エネルギー資源(新エネルギー/化石エネルギー)に関するセッションを経て、夫がモデレータを務めたテクノロジーとデジタルの未来に関するセッションが続いた。そして最後は、インド財務大臣のNirmala Sitharamanが登壇された。3人の写真中央、青紫のサリーを着ていらっしゃる女性だ。

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    ✒️濃密な2日間については、諸々、書きたいことが募るが、1回の投稿を2000文字以内と決めている。というか、Instagramの文字制限が2000文字なので、止むを得ず。むしろ2000文字で留められるので、ブレーキが効いてよいとも言える。長文が忌避される世の趨勢に逆行していることは自覚しているが、記録は自分のためでもあるので今後も残す。今回のフォーラム参加を経て個人的に感じたことは、改めて③でまとめたい。

    さて、そろそろ、荷造りをしなければ。今回のデリー滞在。雨のおかげで気温も落ち着き、思ったよりも過ごしやすい日々だった。その他諸々、時間を見つけて、書き残しておきたい。

    早く猫らに会いたい。😻

    🇯🇵以下のリンクは、2011年9月の東京。日本の歴代首相と要人たちが集った2011年日印グローバル・パートナーシップ・サミットに出席した時の記録。前半は個人的な旅のエピソードなので、後半のレポートをどうぞ。ちなみにこのときのイヴェントでは、開会が遅れるなど遅延のトラブルが目立った。しかし、今回のフォーラムでは、たとえインドでも! フォーマルにすべてがほぼスケジュール通りに進んだことを記しておく。
    https://museindia.typepad.jp/2011/2011/09/japanindia.html

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    今回のデリー訪問の目的である日印フォーラムが、今日と明日、2日間に亘って開催されている。初日の今日は、インドのジャイシャンカル外務大臣と日本の林芳正外務大臣の開会セッションから始まった。

    会場には、日印の政治、外交、ビジネス、シンクタンクなど、各方面の優れたエグゼクティヴ各位が集っている。そんなクローズドな場所に、なぜわたし如きが紛れているのかといえば、夫Arvindが主催者側の関係者であるが故だ。

    この日印フォーラムは、Arvindが所属する米国のグローバル組織「アスペン・インスティテュート」のインドにおける関連組織「アナンタ・センター」が、インド政府外務省との共催で開催している。開会セッションのモデレータを務めているのは、アナンタ・センターのCEOであるIndrani女史。

    「アナンタ・センター」のサイトによると、フォーラムの目的は、「日印の協力を強化すべく、意見を交換し、相互信頼を築き、将来の協力のための共同アジェンダを策定すること」とある。

    このフォーラムでは、2日間で計7つのセッションが開催される。Arvindは明日開催される7つめのセッションでモデレータとして登壇する。超久しぶりのスーツ姿がお似合いだ。米国在住時を思い出す。

    ところで夫と共に写っている女性、右は先日、お会いした “HIGHWAY TO SWADES” の著者であるBhairavi。彼女とArvindは、アスペンの同期なのだ。そして中央の女性は、アナンタ・センターの創設に尽力された元CEOのKiran。優秀な女性たちの姿に、強い刺激を受ける。

    政治色の強いイヴェントということもあり、参加者各位と言葉を交わせば、ワシントンD.C.在住者や在住経験のある人が少なくない。わたしたちと同じ時期、ご近所(ナショナル・カセドラル界隈)に住んでいた方もいて、久しぶりに当時を思い出す。

    さて、ジャイシャンカル外務大臣が登壇されるということで、予習をしておこうと、読みかけだった『インド外交の流儀 〜先行き不透明な世界に向けた戦略〜』をデリーに持参していた。ジャイシャンカル外務大臣著の『THE INDIA WAY, Strategies for an Uncertain World』の日本語訳本だ。これは訳者の笠井亮平氏より、直々にいただいた。写真は、笠井氏が昨年末、バンガロールに来訪された際のもの。拙宅(新居)の「月光ライブラリ」での1枚だ。

    いやはや。日本語で書いてあるにも関わらず、わたしにとっては読み進めるに時間のかかる難しい内容。専門性の高い書物の翻訳には、語学力はもちろんのこと、日本語の文章力に加え、絶大なる知識、さらには集中力や根気が必要なのだということに改めて思いを馳せる。

    一部、走り読みをしたものの、予習をしたおかげで、わたしの未熟な英語力でも、セッションの理解を深めることができた。

    諸々、書きたいことが募るのだが、今はもう脳みそがいっぱいいっぱい。ただ座って話を聞いていただけなのに、疲労困憊。明日も早いので、そろそろ寝ようと思う。

    そうそう。今日もまた、「京友禅サリー」を着用して参加した。やはりサリーを着ていると、声をかけられる確率が高い。この件についても綴っておきたいことが多々あるが、眠い。おやすみなさい。

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    🇺🇸Aspen Institute
    https://www.aspeninstitute.org/

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    このごろは、過去を振り返ることの多い日々。つい先日、十数年前にバンガロールに駐在していた藤田夫妻や田井氏のインド来訪で、当時を回想したばかり。そして昨日は、同じ時期を過ごした天野夫妻が、デリーのマルハン宅へやってきた!

    当時は「ヤクルト王子」と「PAKAKO隊員」として、我がブログにもしばしば登場していたご夫妻。再会の前夜、二人とWhatsAppのやりとりしつつ、「museindia, ヤクルト王子」でGoogle検索すると、我がブログの記録が出てくる出てくる。懐かしの写真が次々と現れるそれらをシェアしつつ、会う前から盛り上がることしきり。

    わたしたち、こんなに会ってたんだっけ……と、改めて驚かされる。

    「このごろ、記憶力が落ちている……」という世代にとっては、ブログの記録がいかに貴重で懐かしいかを痛感する。下部にリンクを掲載しているが、まだまだ他にもたくさんある。よく働き、よく遊び、よく食べ飲んで、しっかり記録も残して、濃かったな〜と、改めて感じ入る。

    写真を見ると、記憶がさっと鮮明に蘇り、笑い話が芋づる式に出てくるも愉し。

    貴子さんのサプライズ誕生日パーティで、ヤクルト王子とアルヴィンドがトナカイのコスチュームで現れたとか、しかもアルヴィンドは前後ろで着用して、尻尾が前についていてやばい姿になっていたとか、インドでおせち料理を作って新年迎えて「さだまさし」歌いまくったとか、4人でインド料理食べに行って、アルヴィンドが辛いものが苦手で、やったらカード(ヨーグルト)追加注文したとか、わたしが日本人会で、サリー姿で腕立て伏せ大会に出たとか、銀座のなまはげ料理店でわたしの誕生日を祝ってもらったとか、いちいちおかしい。

    下のブログ記事にある通り、ヤクルトがインドに進出したのは2007年ごろ。そのときは、まだ東京勤務だったヤクルト王子および会社の方々は、わたしのブログをご覧になっていて、わたしの存在は知っていたらしい。その後、夫妻はデリーに駐在され、数年後、バンガロールに異動された。

    PAKAKO隊員改め貴子さんと、藤田夕子さんとは、当時「ローカルフード探検隊」を結成して、短期間にさまざまなローカル食堂を巡った。というのも、彼女たちは、ローカルフードが大好きで、独自で開拓していたのだが、一方のわたしは、彼女らに比して経験が浅かった。

    そこで、ブログ上で情報をシェアするためにも、新規店を開拓しようではないかとの話になり、詳しくもないわたしが情報を整理するがゆえに隊長となり、3人のほか、数名の隊員を募っては、あちこちを訪ねたのだった。

    記録を遡れば、日本でのビリヤニ普及に貢献し続けているビリヤニ太郎氏も、当時はTARO隊員として、短期間ながらも探検に積極参加、我が家でのパーティでも自分で作ったビリヤニを持参してくれた。20歳だった彼の食欲は満点、パーティーで用意した巨大な骨つきマトン肉をモリモリ食べていた姿を懐かしく思い出す。

    それはそうと、なぜヤクルト夫妻は今、デリーにいるのか。当時バンガロールに暮らしていた友人知人各位にとっては、気になるところであろう。

    実は、バンガロールから東京に戻った二人は、その後ドバイに赴任。次は日本に帰国……と思いきや! 10年以上ぶりに、再びデリー赴任を「強く命ぜられた」とのことで、数カ月前にデリー入りされていたのだった。

    あと数年でリタイアの年齢を控えての、再デリー。いろいろと大変なことがあるに違いないということは、察するに余りあるが、さておき。最後に4人で会ってから9年もたつというのに、あっというまに気分が時空を超える楽しさよ。

    両家、最後は猫話で盛り上がるなど、かつてはなかった共通項で話題は尽きず。互いの家の猫写真を見せ合うことしきり!😹

    たとえ何年もの隔たりがあったとしても、ご縁がある人たちとは、時空を超えて会える。楽しい時間を共有できる人たちがいる……というだけでも、善きライフだなと思う。

    次回はバンガロールでの再会を約束して、別れたのだった。

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    ◉インドにヤクルトおばさん?/ プチ・クッキングクラス(2007/06/26)

    ◉金曜はラマザン・ナイト@マルハン家。土曜はパールシーの正月料理(2011/08/20)

    ◉ヤクルト夫妻、祝帰還の宴@マルハン家。ビリヤニTARO隊員のビリヤニ!(2011/11/15)

    ◉体力勝負!八海山ビンゴで日本人会クリスマス会 (2011/12/11)

    ◉今年もまた、天皇誕生日の式典@TAJ WEST END (2011/12/14)

    ◉ローカルフード探検/第19回🇮🇳ゴアまで「0km」。(2012/08/01)

    ◉What are they doing?!トナカイの仮装 (2012/12/23)

    ◉謹賀新年2013/カレーもいいけど、おせちもね!(2013/01/02)

    ◉1年半ぶりの、バンガロールへお帰り!(2014/12/30)

    ◉旧ローカルフード探検隊&ミューズメンバーで東京なまはげナイト (2015/10/25)

    【ローカルの味を探求せよ! ローカルフード探検隊】
    http://www.museindia.info/museindia/food-local.html

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