インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • Fu8

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    わたしの父は、建設業を営んでいた。それも影響しているのか、わたしは子どものころから「建築/建設の現場」を眺め続けるのが好きだった。昭和40年代。時代は高度経済成長期。近所の道路が悉く舗装され、木造の塀がブロックになり、山は造成され、海は埋め立てられ、そこここに、団地が生えた。

    良くも悪くも、故郷の姿が変貌していくのを目の当たりにしてきた子ども時代。

    本職とは関係ないにも関わらず、2007年に旧居を購入した際に内装工事を仕切り、新居についても、ほぼ現場監督状態で工期の遅延を最低限にとどめたのも、子どものころに「現場」を眺め続けていた経験が生きている点は大いにある。

    インドの工事現場はまた、新旧が混沌としている。

    大手の不動産開発会社(デヴェロッパー)などは、十数年前から徐々に労働者の安全性に配慮し始め、作業服に安全靴、ヘルメットの着用などを徹底している。3、4枚目の写真は、我々の新居の不動産開発会社であるTotal Environmentの作業現場の一隅。

    一方で、旧態依然の作業環境での土木、建設現場が圧倒的に多い。土木現場の労働者の大半は、地方からの出稼ぎだ。男女共に、彼らの出立は「普段着」で、サンダル履き、素手で土を掬い、運ぶ。

    わたしが子どものころから、日本の土木現場には当たり前にあった、土を運ぶ一輪車(猫車)や、巨大なスコップ、コンクリートミキサーなどがあったら、どれだけ人体に負担がかからず作業が進むかと、常々思っている。

    「人手が多い」インドでは、特に地方労働者からの労働力が多いこともあり、大切に扱われていないという悲しき現状もある。彼らの平均寿命は40代半ばという話もかつて聞いた。推して知るべしだ。

    パンデミックで、一時は無数の労働者が帰郷したが、今また都市部に戻り、現場に入っている。

    デヴェロッパーの下請けをはじめとする各種中間業者たちは、相場を釣り上げているものの、労働者たちへの賃金は低い。労働者の置かれた環境は相変わらず劣悪だし、彼らの意識やスキルが、パンデミック以前よりも低下しているところもあるのではないか……と、わたしが見聞する限りにおいて、そう感じる。

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    前置きが長くなったが、わたしたちの旧居。低層のアパートメント・コンプレックスの外壁が、建築20年目にして初めて再塗装されることになった。他のアパートメントは、すべて庭が外部に面しているため、足場を組んだり、作業員が出入りするに際し、家の中を通過する必要がない。

    一方、我が家は一番奥の角に位置し、庭がL字型になっているのだが、外部からアクセスできない状態になっている。足場にする木材(ユーカリの木)を運び込むために、隣家との柵に穴を開けたり、労働者たちがペンキを持参して出入りする際に、家財道具などを汚さぬよう、配慮したりせねばならない。

    さらには、我が家には4猫がいる。彼らが足場を伝って逃亡せぬよう監視もせねばならない。

    というわけで、足場の設置、壁の洗浄、塗装のすべてを最大でも1週間で仕上げてくれと頼んでいた。しかしながら! わたしが個人で発注した業者ではなく、アパートメント・ビルディングの管理組合が依頼した業者である。それはもう、安かろう悪かろうの極み。
    今では、プロフェッショナルな会社も増えていて、たとえばUrban Companyなどは、室内塗装など、極めて効率的に丁寧に仕上げてくれる。見積りも明瞭だ。少々割高でも、そういう会社に頼むべきなのだ。しかしながら、わたしに業者の選択権は、当然ない。
    実は先月30日から1週間で仕上げます!

    のはずだったのだが。「明日から開始します」というのが1週間ほど続き、そのあと雨が降り、足場が雨で濡れたから乾かすのに数日かかり、足場は組んだが、別の箇所の塗装を優先して作業員が来ないなどのドラマが展開されてかれこれ3週間。

    この間、さまざまなドラマがあったが、大幅に割愛。

    引きこもっている間に、わたしは先延ばしにしていた旧居の断捨離に励んだ。まだ書斎の片付けが残っているが、衣類を抜本的に整理、寄附する分と、中古販売店に提供する分とを仕分け、クローゼットをかつてなくすっきりとさせた。

    まとまった時間がとれたことは、よかったのだ。

    塗装業者は今日になって初めて本気を出して、8割方の作業を、今日、終わらせた。今週中には片付くだろう。その気になれば3日で終わる仕事に1カ月近く引っ張られて業を煮やしまくったが、インドだもの。

    いつかは、きっと、終わりがくる。

    創造、維持、破壊。三神一体が日常のインドにつき。

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    🌳諸事情あって、ここ10日ほど、旧居に引きこもりがち。そんな最中、先週の土曜日、友人KATEのファッション・ブランド TAHERA x KATEの展示会が開かれたので、数時間、外出をした。

    バンガロール市街中心部、UBシティに隣接するJWマリオット。上階のスイートルームが会場だった。ドアを開けるや飛び込んできた緑の眺望に目が釘付け。昼間、このアングルからカボンパークを間近に見下ろすのは初めてのこと。

    バンガロール。かつては「ガーデン・シティ」「エアコン・シティ」と呼ばれていたが、急速な都市化に伴い、過去20年余りのあいだに、自然環境は悪化してきた。昔は、市街中心部のどこもかしこも緑に覆われていて、年中「肌寒い」くらいだったという。真夏でさえも、エアコンは不要だった。ちなみに我が家も、旧居にはエアコンはない。

    従来、バンガロールには、高層の建築物はなかったし、今でも建築可能なエリアには制限がある。樹木が生い茂る広大な庭に、平家一戸建ての邸宅である「バンガローBungalow」が立っているというのが一般的だった。ゆえに、風が通った。

    英国統治時代の名残であるこのバンガローも、わたしが知る20年間の間にも、次々に取り壊され、代わりに建蔽率の高いアパートメントビルディングが林立している。

    ともあれ、それでも、今なお、街の中心部に、こんなに豊かな緑があるのはすばらしいことだと、改めて思う。

    🌳TAHERA x KATE。インドの天然素材を用いた着心地のよいものが主流。あれこれ眺めつつ、結局は、 KATEとTAHERAが着ていた2枚がとても気に入ったので購入した。1枚は母に、1枚は自分に。

    自分用に買った丈が長めのものは、カラムカリという伝統的な手描きのテキスタイルによるもの。下部がボタンで取り外しできるようになっていて、短い丈も楽しめる。このところ、スカートに短めトップというのがマイブームにつき、これも頻繁に着ることになるだろう。

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    🌳ロックダウンの時期、庭がどれほど大切だったか……と思っていた矢先、藤井風氏の『ガーデン』の映像が公開された。なんとも懐かしい雰囲気が漂うすてきな情景……。この歌がまたね……もう。歌詞も旋律も、いやになるほど優しくて深くて美しい。

    バンガロールのカボン・パークを思い描いていた矢先! インドで働く男子グループ「チャロブラザーズ」が、藤井風の『ガーデン』を早速、完全再現して公開しているではないか! しかも撮影場所はカボン・パーク!

    仕上がり、ファンタスティックなので、ぜひご覧あれ。思い返せばわたしも昨年、カボン・パークの紹介動画を撮影していたので、こちらも併せてご覧ください。バンガロールのガーデン風味が伝わることだと思います。

    🌸Imitate Fujii Kaze “Garden” in India

    🌸新年のバンガロールを彩る鮮やかなピンクの花。カボン・パークへお花見に。

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    I made a video of my recent meeting with Asha-san. At the end, there is a message from Asako to the younger generation. Please take a look.

    先日、朝子さんにお会いした時の動画を作りました。最後に、朝子さんから若い世代へ向けてのメッセージがあります。どうぞご覧ください。

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  • Fa1

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    22年前の7月。わたしにとって、初めてのインドが、自分たちの結婚式だった。わたしはニューヨークに、夫はワシントンD.C.に暮らしていた。

    末期の小細胞肺癌を患い、しかし抗がん剤治療で一時的に回復していた父。真夏のインド、わたしでさえ未踏の地。日本の家族を招くつもりはなかった。秋にニューヨークで披露宴をするから、そのときに来て、と伝えた。しかし父は主張した。

    「僕は、美穂の結婚式のためなら、インドでも、地の果てでも、どこへでも、這ってでも行くからね!」

    いや、這ってこられても困る。しかも、地の果てって……😅

    初めてのインドでは、自分の結婚式よりもむしろ、父をはじめ、日本の家族が無事に乗り切れるか、そのことで気持ちがいっぱいだった。夫にも、義理の家族にも、父には無理をさせたくないと、あらかじめ伝えていた。

    蒸し暑い猛暑のデリー。しかし、血色よく体格のいい我が父は、病の片鱗を見せず。本場のインド料理がおいしいと、デリー宅で出された料理やホテルの料理を、それはそれはよく食べた。

    「ナンがうまい! 小麦が違う!」を連発し、旺盛な食欲だった。

    あのときの父の強行を、今では感謝している。なぜならば、その2か月後、我々夫婦の暮らすニューヨークとワシントンD.C.の二都市は、世界同時多発テロの標的となり、10月に予定していた披露宴パーティや前後の旅の予定は、すべてキャンセルとなったからだ。

    いろいろ、あった。

    父は、それからも生きたが、2004年5月、66歳の若さで他界した。

    ……あれから19年。

    一方の義父、ロメイシュ・パパ。慢性白血病を患っていた妻(アルヴィンドの母)を若くして亡くし、孤独な時期を過ごしていたが、ちょうどアルヴィンドがわたしと出会ったのと同時期に、彼は再婚相手となる女性と出会った。そして5年後、わたしたちが結婚する直前に、彼らも再婚した。

    正直なところ、実の父とよりも、ロメイシュと過ごした時間は長く、思い出も多い。だから、2020年1月にロメイシュ・パパが急逝した時には、本当に、堪えた。79歳とはいえ、まだまだ元気だったから。

    ……あれから3年。

    歳月は流れ流れて、わたしもどんどん、年を重ねる。

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    このところ、重い腰を上げて、旧居の大掃除(断捨離)を始めている。人生の後期に向けて、極力、身の回りを片付けておきたい。必要なものは新居に運び込み、旧居は極力、ものを減らそうとしているのだ。

    数日前、もう何年も開いていない箱を開けたら、扇子が出てきた。一瞬、「え? どういうこと?」と戸惑う。なぜならばそれは、わたしが数日前に記した、日本で一時帰国時に購入した般若心経入りの扇子と、ほとんど同じものだったからだ。

    わたしは、父の扇子を引き取っていたことを、すっかり忘れていた。忘れたうえで、先日の京都で、「欲しい」と思って購入したのだ。緑、オレンジ、茶色、灰色……と、確か5色ほど選択肢があった。そこから選んだのが、父のものと同じ濃紺だった。

    少なくとも20年以上前に父が買ったであろう扇子と、わたしが先日買った扇子とが、シンクロナイズしている。

    裏面を見れば、

    「五月雨の 降り残してや 光堂」

    松尾芭蕉が『おくのほそ道』にて、中尊寺の金色堂を歌った句がしたためられている。5月に他界した父を、あらためて偲ばせる。
    「時には僕のことも、思い出しなさいよ」と、言われているようだ。この扇子は夫に使ってもらうことにした。

    亡き人々が見守ってくれているおかげで、わたしたちは元気に生きていられる。ありがとうございます。🙏

    そしてこれからも、よろしくおねがいします!😉

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    The day before yesterday, I met Asako (Asha) and her family for the first time in a year. Asako’s diary written in her younger days was translated into English by her granddaughter-in-law, Tanvi, and published at the end of last year. I attended an event held to commemorate the publication. The book is a clear record of those days.

    Asako was born in Kobe, Japan, to Indian parents who fought for India’s independence during British rule. She is a woman who seems to symbolise the cooperation between India and Japan during the Second World War.
    She wished for the independence of her mother country, which she had not yet seen, in the image of her parents, who were instrumental in Subhas Chandra Bose’s efforts to work with the Japanese Army. With a burning desire, she volunteered for the ‘Indian National Army Women’s Corps’….

    ◉The War Diary of Asha-san : From Tokyo to Netaji’s Indian National Army
    https://harpercollins.co.in/product/the-war-diary-of-asha-san/

    【Youtube Video】STORY OF ASHA: Born in Japan. Fought for Swaraj with Netaji.
    インド独立の志士「朝子」を通して知る日印の絆

    This video was made by me last year. It is based on a conversation between Asako-san and myself. Through the experiences of Asako and her family, I explain the relationship between the INA and Imperial Japanese Army, and Subhas Chandra Bose in an easy-to-understand manner. Please take a look.

    このビデオは、昨年、わたしが作ったものです。朝子さんとわたしの対談を軸に、構成しています。朝子さんとそのご家族の経験を通し、インド独立軍と日本の関わり、スバス・チャンドラ・ボースについてを、わかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。

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    インドでの日常生活においては、深い物語への扉がそこここにある。うっかり開いて奥を覗いてみようものなら、ついつい引き込まれて彷徨わずにはいられない。朝子さんとの出会いもまた、そのひとつ。日本とインドの歴史を紐解けば、その豊かさに圧倒される。

    一昨日、朝子さん(アシャさん)とそのご家族に、1年数カ月ぶりにお会いした。朝子さんが1943年から1946年に残していた日記の英語版が、昨年末、孫嫁のタンヴィによって出版されたのに伴い、その発表会を兼ねたイヴェントがバンガロールで開催されたのだ。

    朝子さんが当時、書き記していた日本語の原本は、残っていない。しかし、彼女が記憶をたどりながらヒンディー語で書き直したものが1970年代に出版されていた。その後、朝子さんは日本語であらためて日記を書き直し、2010年に日本語版『アシャの日記』が出版されていた。

    ライターであるタンヴィは、単にヒンディー語の日記を英訳するにとどまらぬ、当然のことながら、時代考証にも力をいれていた。当時の日印の状況について、読者が理解できるよう、朝子さんの一家が日本に暮らした背景も冒頭にて言及している。

    タンヴィの後書きによると、彼女はインド系米国人作家のジュンパ・ラヒリの「翻訳の仕事は、作家になるための修行である」といった主旨の言葉に影響を受けて、このプロジェクトに取り掛かったという。ちなみに米国在住時代に、わたしはジュンパ・ラヒリの作品が好きで、複数冊、読んでいた。この話になると、また長くなる。

    ともあれ、この日は、朝子さん、朝子さんの息子のサンジェイ、タンヴィ、そして彼女のライターの師匠である作家、Anita Nairが登壇しての、トークが開かれたのだった。

    折しも今からちょうど1年前、わたしは日本に一時帰国していて、『インド独立の志士「朝子」』の著者である笠井亮平氏と、笠井氏が朝子さんのことを知るきっかけとなった日経新聞の岩城聡氏とランチを共にし、その後、蓮光寺にあるスバス・チャンドラ・ボースの碑を詣ったのだった。

    ……あれもこれもと、書きたいことが募るが、尽きない。ひとまずは、昨年作った動画と、朝子さんに関する出来事をまとめたブログをここに残しておく。インドと日本の歴史の一端を知るのに役立つと思われるので、ご覧いただければ幸いだ。

    🇮🇳🇯🇵一年ぶりに再会! 朝子さんとそのご家族。日本とインドの歴史に思いを馳せるゆうべ。『アシャの日記』英語版の出版記念イヴェントへ。

    I made the video of my recent meeting with Asha-san. At the end, there is a message from Asako to the younger generation. Please take a look.先日、朝子さんにお会いした時の動画を作りました。最後に、朝子さんから若い世代へ向けてのメッセージがあります。どうぞご覧ください。

    【深海ライブラリ・ブログ】朝子さんに関する記録のまとめ
    https://museindia.typepad.jp/library/2022/03/asako.html

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    天竺に涼風流れて、
    月下美人の揺れる夜。
    香り艶やか、甘く清らに。
    夢も現も渾然と一如。
    げに麗しき、大輪の華。

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    (日本語は下部に)
    It has been more than a month since I returned from my trip to Japan, but there are more than a few scenes from the trip that I would like to record.

    In particular, I would like to introduce some shops for Japanese crafts. Many of my Indian friends are likely to visit Japan in the future. I would recommend some shops for them to buy souvenirs.

    It is a shop specialising in fans in Kyoto founded about 180 years ago. I’m sure that you will find your favourite fan.

    ONISHI KYOSENDO
    http://www.onishi-kyosendo.jp/

    🇯🇵The following text is written in Japanese. The auto-translation is often incorrect and misleading.

    一時帰国から戻って1カ月以上が経つが、記録しておきたい旅の情景が、少なからず残っている。インドに持ち帰ってきた日本の工芸品についても触れておきたい。これらは、インドの友人たちに向けても紹介したいところである。

    わたしの周囲には、日本に関心を持つ友人知人が多い。彼らの多くは、「日本の善きもの」を求めているが、どこで何を買えばいいかわからない人たちが大半だ。メイド・イン・ジャパンとて、玉石混淆。雑多な土産物屋で、大量生産される和小物や、日本の伝統工芸と見せかけての外国産、低品質な商品も数多、出回っている。

    日本人であっても、店選びは簡単ではないかもしれない。パンデミックの数年前から、一時帰国のたびに「量より質」で、日本の工芸品を、少しずつ持ち帰りはじめた。実家に眠っているものもあれば、新たに買い求めたものもある。

    今回、京都で「軽くて壊れにくいすてきなもの」を買った。その一つが、扇子。京都を去る前日、中京区の三条名店街をふらりと歩いていたときに見つけた「京扇子司 大西京扇堂」。今から約180年前、天保年間に創業という老舗だ。

    扇子は新居に飾りたいと思っていて、買うつもりでいたことから、迷わず店内へ。お店の方に話を伺いつつ、あれこれと見比べた結果、夫が好む「桜」と「紅葉」がリバーシブルで楽しめる、麗しくも艶やかな手描きの扇子を買うことにした。

    それから、実用性のあるものを……ということで、般若心経が書かれた扇子を選ぶ。今年に入って、心を鎮めたいときに、般若心経を書きはじめた。昔はすべて暗記していたが、このごろは漢字などを忘れてしまう。これがあれば、いつでもどこでも、さっと広げて確認できる。

    扇子の中には、インドの白檀(多分ここカルナータカ州マイソールのサンダルウッド)を用い、京友禅作家の絵を施したオリジナルの作品も並んでいた。日本とインドのコラボレーションが美しい。

    店の一隅では、九代目の店主、大西庄兵衛氏が、黙々と、扇子に「透かし」を入れる作業をされていた。店舗の奥のお屋敷の、その奥行きの深い和空間がなんとも言えず、魅惑的であった。

    新居にて、持ち帰った扇を広げる。3月に飾り付けて以来、いまだに出しっぱなしの雛人形の前に置いてみれば、なんともいい塩梅! 来年には、地階の「多目的すぎるホール」一隅を和室にする予定なので、完成の暁にはそこに飾ろうと思う。

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    🇮🇳We are featured in the weekly magazine “AERA”, published by Asahi Shimbun in Japan. The theme is ‘Working married couple’. Journalist Mariko interviewed us when we visited Tokyo in April. She used to live in Bangalore as an expatriate wife. She was also a member of Muse Creation.

    🖋4月の一時帰国時に取材を受けた記事が掲載された『AERA』が、昨日、出版されていた。「はたらく夫婦カンケイ」という連載。濃厚な我々のエピソードが、ぎゅっと詰め込まれている。今週金曜日にオンライン版も発行されるとのことなので、改めて告知したい。

    🖋『AERA』が創刊されたときのことは、今でもよく覚えている。1988年5月。わたしが社会人となり、上京した翌月のことだ。日本のバブル経済がピークに達していた当時、華々しく誕生した記憶がある。当時のわたしは、日本の『Newsweek』といった印象を受けた。通勤の満員電車に揺られながら、中吊り広告の、駄洒落風味が漂う「一行コピー」を眺めたものだ。

    🖋折しも先日『週刊朝日』が休刊するとのニュースを目にして、「印刷物」について、思いを馳せていた矢先。インターネットが台頭、普及して、人々が情報をオンラインで得るようになって四半世紀。「原稿用紙」に「手書き」で原稿を書いていた時代を知るライターとしては、この世界の趨勢について、語りたいことがたくさんあるが、これまた尽きない。

    🖋ひとことで言えば「紙の出版物は尊い」。エコロジカルじゃないというならば、再生紙を使ってでも、未来永劫、残って欲しい。一通りの過程を経て、時間をかけて、吟味されたうえで活字となった出版物は、オンラインとは異質。大切なのだ。

    ……と、またしても、話が横道に逸れた。

    取材を受けた際のエピソードは、以下のブログに残している。

    [🇯🇵DAY 20 TOKYO] 今年は夫婦でAERAの取材。来年はNyAERAでマルハン家の4猫もぜひ😸(2023/04/26)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/04/aera.html