🇮🇳Both the April trip to Japan and the May trip to Mumbai are still lingering. I pick up the photos that are about to sink into the deep sea of memories.
🇯🇵眺めのいい部屋。ムンバイ。セントレジス・ホテル。……4月の日本旅行も、5月のムンバイ旅行も、まだ余韻を残している。深海に沈もうとしている写真を、拾い集める。
天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信
🖋日本の『Pen』という雑誌に、今年に入って2回、寄稿していた。見本誌は1号分しか手元にないが、オンラインでは読める。今更ではあるが、シェアしたい。
◉第3の都市に誕生した新ターミナルは、発展を象徴するエネルギッシュな玄関口(2023.02.27)
https://www.pen-online.jp/article/012713.html
◉情緒あふれる港町の会場で、現代アートと時間旅行を楽しむ(2023.04.19)
https://www.pen-online.jp/article/013091.html
なるたけ予定を詰め込まず、心と時間に余裕を持って過ごしたい……と思っている。しかしインドの生活は、なにかにつけて、突発的な出来事が発生。こちらの願いなどお構いなしに、混沌がデフォルトの日常だ。
新居の周辺はまだ、工事が続いている。この遅延の背景についても、このところ思うところ多々あり。COVID-19による各産業における傷跡の深さについては後日、改めて綴りたい。
ともあれ、あと2年ほどは、新居と旧居を行き来する暮らしが続くだろう。旧居にはメイドがいて、大まかな家事は彼女に任せている。しかし、新居は旧居の2倍ほど広いが、今のところ、使用人を雇っていない。この1年間、3回ほどディープ・クリーニングのサーヴィスを依頼したが、普段はわたしが掃除をしている。
ダイソンの掃除機を駆使しつつ、モップがけはエクササイズ。インドでは一般的ではない状況につき、周囲に話すと、驚かれるというよりは呆れられるが、これが一つのエクササイズになっているし「掃除をする」ということが、心にもよいと感じているので、今のところはこの状態を維持している。
掃除機を使うようになって、いかに「箒での掃除」によって埃が巻き上げられていたかが、よくわかる。インドは掃き掃除が一般的で、しかも使用人に掃除をしてもらっていることもあり、これまで掃除機の必要性をあまり感じなかった。しかしロックダウンでメイドが来られなかった時期、ルンバとダイソン、2種を購入した。
結論から言うと、敢えてゴミを避けてる? というほどに、ルートを外したり、逆に、そこ何往復してる? と無駄な労力を費やしたり、あるいはカーペットの端に引っかかって悲鳴を上げるなど、なかなかに世話が焼けるルンバにのんびりと掃除をされるよりは、自分でさっさとダイソンで掃除機をかけた方がよい。あくまでも、わたしの場合ではあるが。
そんな次第で、新居にもダイソンの掃除機を購入して活用している。
1日の始まり。鳥の囀りを聞きつつ、涼風に吹かれ、朝日を浴びながら、玄関先を掃き清めるひとときは、非常によい。周辺のヴィラが工事中だということもあり、砂塵が舞い込んできがちだが、それらをホースの水で洗い流す作業は、なかなかにさっぱりとして気分がよい。窓拭きなどは、二の腕から背中にかけてのよい運動になる。
日曜日の情景を、いくつか。
🌱もう2年ほど愛飲しているSEPOY&Co.のトニックウォーターやジンジャーエール。あれこれ試した結果、現在、とても気に入っているのは、このオリジナル・ジンジャーエール。このブランドのすばらしいところは、素材がナチュラルで、糖分控えめ、カロリーも低いこと!
🌱お湯でいれるよりもむしろ、水出しにした方が、甘味と旨味が滲み出ておいしい気がする日本の緑茶。特に暑いこの時期、前夜にポットを仕込んでおくと、翌日はおいしく味わえる。
🌱新居にも旧居にも、最近はNamdhari’sが週末、店を出してくれるようになって便利。大抵の買い物はオンラインですませられるが、マンゴーその他、果物などは、実際に見て買うのがやはりよい。ちなみにNamdhari’sは、2000年、スィク教徒によってバンガロールに創業したヴェジタリアン食材のみを扱うスーパーマーケット。母体は野菜や果物の「種」の会社だ。バンガロール南部のビダディに広大な農場を持ち、酪農も行っている。オーガニックではないが、最低限の農薬にて栽培。比較的安心で良質な生鮮食品を販売している。
🌱昨今は、数えきれないほどのピッツェリアがオープンし、おいしいピッツアが味わえるようになったバンガロール。新居に出前をしてくれる店はたくさんあるが、今のところお気に入りはFlames Pizza。ガーリックブレッドもおいしい。水牛による酪農も盛んなインド。おいしいモッツァレラチーズのブランドもいくつも誕生していて、ポテンシャルが開花しつつある。
🌱先日、ムンバイで開催された日本文化のイヴェントで、NORITAKEにちなみ、陶磁器の歴史などを話した。その際、ボーンチャイナをはじめとする磁器(ポーセリン)についても勉強をしなおし、自宅にある食器類を眺めつつ「飾るのではなく、使おう」との思いを新たにした。「特別な日に」などと言っているうちに歳月は流れる。毎日を特別な日にするために、日々、美しい磁器、陶器、グラスを使おうと思う。
🌱猫科動物が描かれたカップは、Good Earthのボーンチャイナ。去年、新居のハウスウォーミングの際、友人らがプレゼントしてくれたもの。とても気に入っている。
🌱ウェッジウッドを彷彿とされるエンジ色の帯が入ったカップは、お隣スリランカのブランド、ダンコツワ Dankotuwaのティーカップ。これは、インド移住直後の2005年12月、バンガロールにて購入した。これも、滅多に使っていなかったが、これからは頻繁に使おうと思う。
昨日は、女性の勉強会で出会ったMiraのご自宅に招かれた。昨年、彼女と初めて出会ったときのこと。わたしの方にまっすぐに歩み寄り、わたしの両手を取って、「わたしは、自分の前世のうち、いちどは日本人だったと確信しているの」と、彼女は言った。80代の彼女は、しかし凛と背筋を伸ばして身のこなしも軽やかだ。先日のジャパン・ハッバにも、ひとりで来訪された。
ウッタル・プラデーシュ州のラクナウが出身だという彼女だが、彼女の口からは、ご夫婦で日本を旅されたときのこと、日本での思い出話や数奇なご縁のお話が飛び出す。ご自宅の内装も、日本をはじめ、中国、韓国など、東アジアの家具調度品が配されていて、オリエンタルな雰囲気だ。昔、金沢で購入されたという屏風がひときわ上品に、日本の情趣を放っている。
女性の勉強会には、外国人駐在員夫人のメンバーも在籍しているが、主にはわたしよりも年上のインド人女性。それぞれにキャリアをお持ちの優秀な方々だ。普段は、スピーカーの話を聞くのが中心だということもあり、お互いのバックグラウンドの話を聞く機会は少ない。しかしながら、昨日のランチでは、9名が食卓を囲み、北インドの美味な家庭料理を味わいつつ、言葉を交わす。
日本へ訪れたことがある人も少なくない。我が夫の母方祖父と同じく、現パキスタンのラホール出身で、インド・パキスタン分離独立の際にデリーに移住したという女性もいる。夫の祖父が、分離独立後に決死の覚悟でラホールに戻り、残してきた資産を取り返してインド側に戻ってきた話などをしたら、驚嘆されていた。
夫の家族を巡る印パ独立時の歴史は、非常に興味深い。祖父の「007」的な決死の物語は、わたしもこれまで文字に残したり、人に伝えたりしてきたが、当時の状況や歴史的背景を知らない人に語っても、ほとんど響かない。
しかしながら、昨日は、わたしの話を聞いてくれたお二人が「なんと! それはすごい」「分離後に、ラホールに戻ったの?」「それはすごいことだわ」と実感を込めてコメントしてくれる。先達の話を聞くことは、自分が書物やネットを通して学んだことをリアルに検証できる場でもあり、非常に興味深い。家族の絆が強いインドはまた、ファミリービジネスも一般的。別のメンバーからは、義父が創業された重工業の話などをお聞きするなど、これまたインドの産業の一隅を知る上で面白い話を伺えた。
なんにつけても、インプットの多い日常だ。
*Miraの許可を得て、写真を投稿しています。
🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る家族の物語など。(超長編)
1978年。中学に入学して直後、わたしはバスケットボール部に入部した。最初に購入したバッシュ(バスケットボール用のシューズ)は、白いデニム地に赤いラインが入った「オニツカ・タイガー」ブランドのハイカット。当時、バッシュといえば、鬼塚が主流だった。
しかしながら、布製は傷みも早い。しばらく履いた後、次に買い換えようとしたときには、同じ鬼塚から誕生した「アシックス」というブランドの革製のバッシュが台頭していた。オニツカ・タイガーは、そのころアシックスに統合されていたようで、シューズのクオリティも値段も、急に上がったことを思い出す。
「あんたかベイビー」と呼ばれるキャラクターのTシャツ、アシックスのバッシュ、アディダスのジャージや半円型スポーツバッグ……。当時の我がバスケ・ファッションが懐かしく思い出される。スポーツウエア好きは、今も、さほど変わっていないかもしれない。
その後、世間から消え去っていたオニツカ・タイガーのブランド名が、今世紀に復活。クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』(2003)で、ユマ・サーマンが、黄色いオニツカのシューズを履いたことで、海外からの注目も集めた模様。ちなみに黄色が好きなわたしは、あのユマ・サーマンのファッションが好きすぎる。ちなみにオニツカ・タイガーは、ナイキのルーツにも深い関わりがあるという。
さて、インドでも、オニツカ・タイガーが店舗を展開しているが、個人的には「懐かしいな」と思う程度で、特に関心を寄せてはいなかった。ところが、パンデミック後、デリーやムンバイのショッピングモールに出かけると、やたらとオニツカ・タイガーが目立つ場所にあり、際立っている。さらにはインドの友人らがオニツカ・タイガーを勧めてくる。無論、他のスポーツブランドも、このところ店舗の洗練度が高い。
先日の日本旅で、銀座の店舗に立ち寄り、気になる「黄色」のスニーカーを見つけるも、サイズがなく断念。東京では時間もあまりなかったこともあり、わたしは買わずにいたのだが、夫は一足購入。それを見ると、やはり自分も欲しくなった。
というわけで、先日のムンバイ。滞在していたホテル、セント・レジスは、2017年にオニツカの一号店がオープンしたフェニックス・パラディアム・モールに直結していることから、チェックイン後に立ち寄った。
早速、「黄色」を履いてみるが、履き心地はいまひとつ。しかも、足元が主張しすぎて、服と合わせにくい懸念がある。
ほかに何かいいのはないかしら……と眺めていたら、「メイド・イン・ジャパン」コーナーの、黒革に刺繍が入ったシューズが目に飛び込んできた。ユニセックスで、サイズは25センチからだという。わたしは24.5cmなので、試しに25センチを履いてみたところ……。なんとピッタリ! しかも履き心地が非常によい。
他のシューズよりも割高であるが、歩きやすいし、デザインもクールだしで即決。ちなみに同行していた夫は、気づいたら自分が黄色いのを購入していた。そんな次第で、中学1年以来、実に45年ぶりに、オニツカ・タイガーを履くに至っている。うれしい。
調べてみるに、オニツカ・タイガーの海外戦略は非常に興味深い。わたしが購入した「書道風刺繍」もそうだが、西陣織を使用したものなど、スポーツシューズとはイメージが異なるブランドとのコラボレーションなども、関心を集める理由になっているのかもしれない。……またしても、話が長くなった。👟