インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • Mn10

    Mn10

    Mn2

    Mn10

    Mn10

    ムンバイ。わたしがインドで、最も興味深く思っている都市。2008年から2年間、ムンバイとバンガロールの二都市を行き来する生活を送っていた。

    当時、ニューデリーがワシントンD.C.ならば、ムンバイはニューヨークのようなものだ、と感じていた。商業とエンターテインメントが豊かな、多様性の極みの中の極み、ムンバイ。この都市の魅力は「パッと見」では決してわからない。奥深く、底深く、凝縮されている。

    2008年からの2年間は、インドにとって激動の時期でもあった。BRICsを構成する一国として世界の注目を集め始めていたころ。

    バンガロールやデリーなど、都市部の新空港が開港。

    クリケットの国内リーグIPLが誕生。

    リーマンショックが起こるものの、経済的な打撃は他国より浅め。

    しかし、2008年11月26日、ムンバイ同時多発テロが発生。

    2009年早々には、世界的ヒットを果たした、ムンバイが舞台の英国映画『スラムドッグ・ミリオネア』が公開される。

    北ムンバイを南ムンバイを結ぶ「バンドラ・ウォーリ・シーリンク」(写真)が開通したのもこの年だ。他にも語れば尽くせぬあれこれ。

    ムンバイでのテロで一時期、減ったとはいえ、当時は日本企業の視察旅行が多かった。わたしもムンバイ、バンガロール、デリー、チェンナイと、各都市をアテンドしたものだ。視察だけでなく、物件探し、あるいは家庭訪問やインタヴューなどの仕事もあった。

    当時、「インドのデトロイト」と言われたチェンナイ。自動車輸出の実態を見るため、港まで車を走らせたこともある。いろんな仕事をしてきたものだと、改めて思う。

    視察の仕事の大半は、当然ながらコンフィデンシャルにつき、外部に公開できない。しかし、プロジェクトとは関係ない部分で、わたしが見聞きした経験は、ブログなどに記録を残してきたので、記憶に深く刻まれている。当時の自分の視点や考えは、ブログを検索して読み返せば、より具体的に思い返せる。

    昨今、「グローバル・サウス」云々で、日本からインドに対する関心の波が、久しぶりに高まっている模様。日本からの問い合わせが急増しているので、今、対応の方法を考えているところだ。無償の情報提供を控えねばと思っている。10年以上前のことだが、一時期、電話相談なども多かったので、途中から有料にしていた。すると、その途端、依頼が減って苦笑せざるを得なかった。

    現地の情報を無償で受け取ることを当然とする趨勢。この件については、ニューヨークで仕事をしていた時代から、ずっと抱えてきたテーマにつき、軽々しくは語れないので割愛。

    インドは、目に見えている今、だけを見ていても、わからない。

    歴史と文化、社会の構造……その広がりを「大雑把でも」知っているか知らないかでは、理解の度合いが大きく変化する。

    どんなジャンルで進出するにせよ。多様性を構成する要素(地理、言語、宗教、コミュニティなど)を理解し、一般的な日本人の常識では理解の範疇を超えている世界が存在しているいうことを、認める必要がある。

    善し悪しの判断は、さておき。

    1947年のインド・パキスタン分離独立以降からに視点を広げ、社会主義的経済政策を取っていた時代、1991年の市場開放、さらにはY2K問題で世界の脚光を浴びたテクノロジー、そして2008年前後の急伸、2014年のモディ首相就任、2016年のリライアンス・ジオ・インフォコムによる4Gの遍くインド全土へ無料提供、世代別意識の変化と価値観の特徴……といったあたりのことを念頭に置くだけでも、そこからさまざまな因果関係が推測できる。

    初めてムンバイの土地を訪れてちょうど今年で20年。この20年間で、変化してきたこと、変わらないことが脳裏で渦巻く。訪れるたびに、密度が増す摩天楼を眺めつつ、培った知見を有効活用したいとの思いが迫る。一方で、安請け合いはできないという矜持。

    新たな大波の来襲に備えて、わたしなりに準備をせねばと、改めて思う朝。

    そうそう。今回の仕事は1日で終わり。ゆえに1泊2日ですむことなのだが、せっかくなので4泊することにした。もちろん追加の宿泊費は自腹である。こうなると、なにしにムンバイに来たのかわからない。が、きっかけが大切。わずか数日ながらも、この街の変化を、しっかり捉えながら過ごそう。

    Mn4

    Mn4

    Mn4

    Mn3

    Mn3

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • T2-9

    T2-9

    T2-9

    今年初頭に開港したベンガルール(バンガロール)国際空港のターミナル2。まだ、限られた航空会社のフライトだけが離発着している状況につき、利用する機会がなかった。

    しかし遂には今朝、初めて利用することができた。ターミナル2を利用したいがために、敢えてVistaraを選んだのだった。

    2008年に新空港が開港する以前の、前時代的な空港を利用してきた者として、この進化は極めて感慨深く、隔世の感あり、だ。

    このターミナル開港に際しては、昨年、庭園に植樹をしたり、開港式典に参加したりと、すでに情報をまとめてシェアしている。我々夫婦は、空港(BIAL)のCEO夫妻と懇意にしていることもあり、彼らの情熱や尽力を目の当たりにしてきた。その分、レポートも、表層の描写にとどまらぬ、深みがあるものになっている。

    バンガローリアンにおかれては特に、この空港のコンセプトなどを知ってもらえればと思う。

    T2-1

    T2-8

    T2-1

    T2-1

    T2-1

    T2-2

    T2-2

    ✈︎数百年先の未来が見える! 再誕する緑の空港で、わたしたちの木を植える。(2022/10/22)
    https://museindia.typepad.jp/library/2022/10/future.html

    ✈︎バンガロールの新しい玄関口。ターミナル2の開港式典へ!(2022/11/23)
    https://museindia.typepad.jp/library/2022/11/airport.html

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • S3

    S3

    S4

    S3

    蒸し暑い午、揚げたて怒涛トッピングの暑苦しいジャンクフードを、ラッシーと共に食す旨し。

    午後、新居の様子を見にいく。

    振り返れば、二都市生活の多い半生。

    ニューヨークとフィラデルフィア。

    ニューヨークとワシントンD.C.。

    バンガロールとムンバイ……。

    同じ都市での二拠点など、大したことではなかったと、今更、気づく。

    スプリンクラーの水を、自分も浴びたい。

    午後の雲が饒舌に物語る日は、夕暮れ時に、雨が降る。

    今、やはり降ってきた。涼しく過ごしやすい夜になる。

    そろそろ夕飯の支度をしよう。

    S1

    S1

    S1

    S1

    S1

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • D7

    D7
    昨日、毎度おなじみ、インド各地の手工芸品が一堂に会するDASTKARを訪れた。このようなバザール、初日はまだ準備が整っていないところが多いので、普段は2日目以降に足を運ぶのだが、昨日は、勉強会の帰路、近かったので立ち寄った。

    デリーを拠点に、ムンバイやバンガロール、チェンナイなどの都市で、「ネイチャー・バザール」と呼ばれる大規模な展示会を開催し続けているDASTKAR。インドの伝統的な手工芸を手がける職人たちが、消費者と直接関われる貴重な場だ。わたしはインド移住以来、毎年必ず、このバザールを訪れ、レポートしてきた。

    D5

    D5

    D5

    昨年、デリーを訪れたときには、京友禅サリーを携えてDASTKARオフィスを訪問。創始者のLaila Tyabjiとお会いすることができて、とても光栄だった。

    さて昨日は、さっと見て回るだけのつもりが、伝統的な技法をモダンにアレンジした、すてきな意匠のファッションなどを見つけ、何枚か購入。

    派手派手しいTシャツは、意外にもオーガニック・コットン製。Funjabとは、Fun + Punjabを組み合わせた言葉らしい。楽しいパンジャブ。我が夫、出自はパンジャブにつき、夫に買いたかったが、サイズがなかったので、わたしが自分用に買った。

    クロシェ編みの飾りが愛らしい短い丈のブラウスは、オーガニックコットンで着心地も抜群。その場で着ていたトップを脱ぎ、試着させてもらう。

    「もう、そのまま、買い物を続けてくださいよ! 宣伝になりますし!」

    と店主の女性は強く勧めてくれるのだが、下に着ているタンクトップは、一応「インナー」カテゴリーなので、大幅にはみ出したまま歩くのは憚られる。

    「明日、もう一度ゆっくり買い物に来ますから、そのとき着てきますよ!」と伝えた。

    かわいいレモン型のバスケットも買った。若手デザイナー集団を束ねて商品化しているらしい。本当にこういう傾向、すばらしい。

    さて、今日も出かけねば💪

    D10

    D10

    D10

    D10

    D10

    ✏️インドの伝統工芸と職人たちを支援し続けるDASTKARの創始者、Lailaを訪ねる朝
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/10/dastkar.html

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • N1

    N1

    わたしが属している、バンガロール在住女性の勉強会。毎週のように、メンバー宅(持ち回り)で、開催されている。すべてに参加することは難しいが、最低でも月に1、2回は極力、参加するようにしている。

    今日は、ミューズ・クリエイションがしばしば訪問している慈善団体、ニューアーク・ミッションの創始者であるラジャを招待。友人宅にて、約1時間、語ってもらった。

    彼と初めて出会ったのは、2011年。Muse Social Serviseと称して、わたしが約5年間、一人で社会奉仕活動をしていたときのことだ。2012年にミューズ・クリエイションを創設してからは、メンバーと共に、あるいはCSRの一環として、多くの方々と共に、訪れてきた。

    訪問するたびに、変化があり、発見があり、学びがある。

    オートリクショーのドライヴァーだったラジャ。彼自身、ストリートチルドレンの出自で、盗みなどをして生きていた時期があり、投獄されたこともあった。そんな彼が改心し、世の中で虐げられた人々を救済すべく自ら活動を始めた。1997年、マザーテレサが亡くなった年のことだ。

    路上で瀕死の状態の人々を自宅に引き取り、世話をしはじめたのがはじまり。以来、無数の命を引き受け、手当てし、最期の時を過ごす場を提供し続けている。
    彼のバックグラウンドについては、大まかには知っていたものの、今回、じっくりと話を聞くことができ、強い感銘を受けた。さらに驚くのは、彼の英語力の上達。初めて出会った時には、あまり英語が話せなかったのに、今や流暢に、時にユーモアを交え、非常にすばらしく語る。

    わたしと同世代の彼。わたしもまた、英語でのプレゼンテーションが苦手だなどと言い訳せず、改めて勉強をし直さなければと思わされる。今日、聞いた話も、くまなく記しシェアしたいところだが、尽きない。

    彼は、常に800人前後の、その大半は、精神に障害を持つ人々に、衣食住を提供している。毎日誰かが拾われて、毎日誰かが死んでいく。過去25年間に、2万人以上の人々を救い、9000人以上を看取ってきた。

    彼の使命感。生き様たるや、筆舌に尽くし難い。

    彼は幾度となく、「神がわたしを選んだ」「神から受けた使命」だと口にする。そこに私欲が入る隙はない。彼の中傷を流布する人がいるのは知っている。そういう人は、一度、ニューアーク・ミッションを訪れるべきだ。彼は、妻や娘夫婦たちと共に、800人余りの人々と同じ建物の最上階、夏は暑く、決して快適とはいえない場所に、暮らしているのだ。

    彼が大勢の精神を病んだ人たちと「共存」できていること自体が、奇跡的なことだと、今日は改めて思った。病院であれば、手足を縛られるような状況の人たちでさえ、多少のトラブルはあれど、みなが同居できている。

    ラジャなりの手段があると、話してくれた。

    この件については、記せば長くなるので、別途、改めて残したい。

    2020年、わたしがYoutubeチャンネルを立ち上げ、慈善団体の動画をアップロードしたとき、ニューアーク・ミッションの動画もアップロードしようとした。しかし、あまりにも衝撃的なシーンが多く、Youtube側から投稿の許可がおりなかった。問題のシーンにわたしたちが訪問したときの写真などを重ねて編集し、ようやくアップロードできた経緯がある。

    この、凄まじい動画を、同団体を訪問するたび、参加者に見てもらっている。今日はその動画を、トークの前に見てもらった。目を覆いたくなるようなシーンが連発するが、これを上映せねば、彼がどれほどまでにタフなことをしているのか、理解してもらえないからだ。

    何度見ても、正視することができず、涙が出てくる。

    ラジャの存在を知っている友人知人は多い。しかし、同団体を訪れたことがある人は、とても少ない。

    百聞は一見にしかず。

    これまでは日本人在住者を中心に訪問を実施していたが、昨年、在バンガロールの日系企業に勤務するインド人社員たちをお連れした。彼らが衝撃を受ける姿を見て、インドの友人たちにも伝えるべきだとの思いを新たにした。

    わたしがミューズ・クリエイションを通して、日本人在住者に向けて実施してきた活動のさまざまを、今後はインドの人たちに向けて行う時が来ている。

    地道に、自分がやれることを、やろうと思う。これは、わたしが与えられた使命の一つ。

    過去の訪問記録をブログに残しているので、関心のある方にはぜひ、見ていただきたい。

    💝MUSE CREATION Charitable Trust [NGO] New Ark Mission ~Home of Hope~
    https://museindia.typepad.jp/mss/new-ark-mission-home-of-hope/

    💝New Ark Missionのホームページはこちら。オンラインでの寄付も可能。
    https://newarkmission.org/

    N8

    N8

    N4

    N6

    N10
    N2

    N2

    N3

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 348288818_3484963008454979_3415254988903699511_n

    こういうの見るたび、「印刷する前に、なんで一言、声かけてくれないの?」と思う。

    今の時代、Google自動翻訳でさえ、こんな口の聞き方しないと思うんだな。

    てか、敢えて?

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • IMG_5934

    IMG_5951

    IMG_5926

    IMG_5926

    IMG_5930

    IMG_5930

    1920年から1933年にかけての、米国の禁酒法時代。パブやバーが閉鎖された一方、密造酒や密輸入した酒を出す違法の酒場「スピーク・イージー (Speak Easy)」が広まった。

    もちろん、「スピーク・イージー」は表立って看板を出せないから、知る人ぞ知る、隠れ家のような構造になる。

    昨夜、Leela PalaceのLe Cirque Signaturで食事を終えたあと、同ホテル内に最近オープンしたZLB 23へ。ここはまさにスピーク・イージーを再現した、隠れ家的なバー。夫から話は聞いていたが、わたしは昨夜、初めて訪れた。

    え? こんなところから? ここを通過するの……?! というようなところを通り抜けて、たどり着くその店。まだ、訪れたことのない人が、今後行くときの楽しみを損わないために、経路を記すのは、控えておく。

    ドアを開けば、そこは妖しきジャパネスクの空間。京都をテーマにしているというこの店は、内装もメニューも独特のオリエンタリズム世界だ。

    なんともはや、おもしろい!

    インドにおける高級日本料理店の先駆けは、ムンバイのタージ・マハル・パレスホテルに2004年8月31日にオープンしたWASABI by Morimoto。米国で人気を博した料理の鉄人森本氏の名を冠している。なぜ日付まで覚えているかといえば、わたしの誕生日と同じだからだ。

    実は翌年の2005年8月下旬、わたしと夫はインド移住を前にしてムンバイ出張に来ており、同ホテルに滞在して、WASABI by Morimotoで我が誕生日を祝ったのだ。2008年の誕生日もまたここで過ごしたが、森本氏が米国から出張に来ており、お祝いにと何品かの料理をサーヴィスしてくれた。

    [MUMBAI] WASABIで過ごす誕生日の夜。鉄人森本氏にも再会。2008/08/31
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/08/mumbai-wasabi-5.html

    食材の大半を日本から輸入しているとのことで、当時のインドにしては、驚くほどのお値段ではあったが、先進諸国に比すれば、納得できるものであった。

    しかし、この20年のうちにも、インドの物価は理解&納得が追いつかない次元で高騰し、一方で「昔ながら」の価格も残っており、「物価感」の気持ちの置き所もまた、困難だ。

    ……ということを、SAKEのメニューを見ながら、改めて思う。2008年ごろから、急激に増え始めたオリエンタルレストラン。日本料理を含むアジア各地の料理を出す店で、時折、日本酒のメニューを目にしてきたが、値段が異次元。

    それでも飲む人がいる、のだ。過去20年間、わたしの知る限りにおいても。

    こういう、日常のごく断片、氷山の「一滴」にさえも、インドの底知れぬ潜在力が滲んでいる。外に出るたび、新しい発見の連続。そらもう、日々、タフなことは山ほどあり、それを綴れば尽きないから綴らぬ。不都合な日々に辟易しつつも、やっぱりこの国は、おもしろい。

    IMG_5933

    IMG_5933

    IMG_5941

    IMG_5941

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • IMG_5916

    IMG_5848

    IMG_5906

    IMG_5891

    インドで結婚式を挙げて22年。

    インドに暮らし始めて18年。

    わたしが経験した限りにおいても、この国の多様性の度合いは、歳月の流れとともに増すばかり。

    ライフスタイルの「振れ幅」も、大きくなるばかり。

    しっかりと、自分の軸を持っていたい。自分の芯を定めていたい。

    意識的に心がけてはいるけれど。

    このごろは、史上最強の遠心力を伴って振り回されており、振り落とされそうになる。

    心の平穏のためには、アンテナを畳んで、耳を閉ざす時間も大切だと感じる。

    さて昨日は、久しぶりにディナー・パーティへ。

    Leela Palaceの上階にあるLe Cirque Signature。

    旧知の友らと語り合い、新しい人々と出会う。

    この国を、この国たらしめている要素の中でも、非常にたいせつな「社交」。

    多様性を構成するひとつひとつが、出会い、関わり、言葉を交わし、理解し合わねば、共在できない。

    その事実だけは、普遍。

    遊びながら、知る。

    飲みながら、学ぶ。

    退屈できない歳月につき。ライフスタイルの「振れ幅」も、大きくなるばかり。

    IMG_5875

    IMG_5852

    IMG_5852

    IMG_5878

    IMG_5878

    IMG_5878

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • MCFmovie126s.001

    14日、日曜日。バンガロールにて「ジャパン・ハッバ(日本祭り)」が開催された。2005年以来の年中行事だったが、パンデミックによる途絶を経て、今回は3年ぶりのリアル開催だった。

    会場は、IISc(インド科学大学院)のキャンパスにある国立科学セミナー施設。年々、入場者が増え安全管理が困難になっていたことから、今年はチケット販売で入場制限。3500枚の前売り券は完売する人気の高さだ。

    従来、ミューズ・クリエイションは、ダンスやコーラスのステージ出演に加え、メンバーによる手工芸品や書道短冊の販売、折り紙や日本の玩具遊びのワークショップなどを実施してきた。イヴェントの直前には、毎週金曜日の集いだけでは足らず、皆が足繁くSTUDIO MUSE(拙宅)に集い、準備を進めてきたものだ。

    翻って今年。正式にメンバーとしてバンガロールに残っているのは、古株の志乃さんだけ。パンデミックが明けてからは、イヴェントごとに参加者を募ってきたことから、有志が集まるか懸念した。わたし自身、直前まで日本旅に出ていたこともあり、さほど準備ができない。とはいえ、何らかの形で関わりたく書道短冊と折り紙ワークショップのためのテーブルを2つ、予約しておいたのだった。

    友人知人に声をかけたところ、幸いにも複数名から、お手伝いが可能との返事をもらった。ミューズ・クリエイションのメンバーや関わってくれる方々は、他の活動にも積極的なので、従来から「掛け持ちでお手伝い」の人が多数。そんな中、ご家族が交代で入ってもらえるのは、とても助かる。

    9時の会場から、すでに入場者が来訪。以降、多少の波はあれど、間断なくゲストが立ち寄ってくれる。無料の折り紙ワークショップでは、大人はもちろん、子どもたちが率先して、インドの人たちに、一生懸命、丁寧に、黙々と指導をしている。

    この折り紙短冊の販売を開始して10年以上になるが、毎年、リクエストされる言葉を聞くのが楽しい。過去の写真を遡ってもわかるのだが、2015年ごろから、若い女性の選ぶ言葉が圧倒的に強くなった。「野望」「自信」「挑戦」「達成」など。

    それに加え、アニメーション特有の言語も多彩にリクエストされ、対応に困りつつも面白い。

    この短冊、なんと650枚も売れた。大した告知もせず、ただテーブルを出しただけで、650枚。他の販売がなかったとはいえ、史上最高の売り上げだ。筆ペンのインクもほぼ、枯渇した。

    これらの短冊は、シリアルの箱や菓子箱などの厚紙を切り、折り紙を貼り、リボンをつけるという手作り。制作には結構、手間がかかる。これらの短冊。実は、ロックダウンの間、バンガロールに留まっていたメンバーの道子さんが、こつこつと300枚以上、作ってくれていたものがあった。

    それに加え、今回、有志の方々が持ち寄ってくださった。さらには、イヴェント当日、テーブルの後ろで、まさに「裏方」のみなさんが、せっせと短冊を作ってくれた。みなさんの「こつこつ」が結集して、650枚もの短冊が完成していたのだった。

    折り紙にせよ、短冊にせよ、人々が「マスクなし」で、「密」になって作業をし、笑顔を交わす。当たり前のことが、かけがえのない楽しい時間なのだということを、再確認する。

    大きな穴の底に潜んでいたような、パンデミックの日々があったからこそ、この光いっぱいの1日が、ことさらに眩かった。
    この気持ちを忘れずにいたい。

    イヴェントの実現に関わった関係者各位、お疲れさまでした!

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • W3

    W8

    W8

    W8

    先月の一時帰国時には、主には和菓子を楽しんだ。季節を反映した和菓子を味わえたのが、またよかった。桜餅が終わり、柏餅の季節に入るころ。子どものころは、あまり好きではなかった和菓子が、歳を重ねるにつけ、おいしく感じる。

    個人的には甘いものより、おかきやせんべい類が好きだったのだが、今回は、あまり食べる機会がなかった。手近に購入できるおかきの多くに「アミノ酸等」と称された、化学調味料が振りかけられているのも理由。塩だけでいいのに、と思う。

    そんな中、旅の途中でいただいたお菓子類は、いずれも素朴においしくて、インドに持ち帰る前に、ホテルで完食したものも多々あり。他に、とてもおいしいわらび餅などもいただいたが、写真を撮り忘れて、銘柄を覚えておらず。

    W6

    W6

    W6

    W2

    W2

    W2

    ちなみに「雷鳥の里」は白馬村の「道の駅」で見つけて、自分のために買った唯一のお菓子。長野県の銘菓だ。以前、ミューズ・クリエイションのメンバーが、お土産に買って来てくれて、素朴なおいしさがとても気に入った。コーヒーともよく合う。

    一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)とその前日のみ限定販売だという榮太郎の「一粒万倍餅」は、いただいたあと、ホテルで夫と二人で一気に食べてしまい、写真を撮り損ねたので、サイトの写真を借用した。

    銘柄がわかるものを、以下、紹介しておく。

    ◉雷鳥の里(雷鳥の里本舗 田中屋)
    https://www.raicyonosato.jp/raicyonosato.html

    ◉冨貴寄(ふきよせ) ことほぐ(銀座 菊廼舎)
    https://www.ginza-kikunoya.co.jp/

    ◉モナ(&LOCALS)
    https://andlocals.jp/products/detail/70

    ◉豆菓子やおかきの詰め合わせ(神戸 豆福)
    https://minatogawa-kobe.jp/shops/357/

    ◉チョコレート(Bon Chaperai)
    https://www.instagram.com/bon_chaperai/

    ◉平野のもなか(京菓子司 笹屋守栄)
    https://sasayamorie.com/free/sakura

    ◉一粒万倍餅(榮太郎) 
    https://www.eitaro.com/news/company/20220629/1274/

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ