インド百景 2021-2025
天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信
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今回、京都には6泊、東京には白馬村滞在を挟んで計5泊、滞在した。出発前、わたしは仕事や雑事でかなり立て込んでいたことから、両都市のホテルに関しては、夫に手配を頼んでいた。ロケーション、広めの部屋のサイズなどを優先し、あとはネット上の写真やレヴューを参考に、最終的には二人で確認して決めた。
両方とも三井不動産グループの「ザ セレスティンホテルズ」を選んだ。京都祇園も銀座も、2017年創業と新しい。客室には浴槽があり、朝晩と湯船に浸かることで、疲れを癒すことができた。時差ボケには(大した時差ではないが)、お湯に浸かるのが効果的なのだ。
また、ぐっすり眠れるよう2つのベッドがある部屋を選んだが、マットレスのクオリティも高く、広々としていたので、熟睡できた。今回、3週間の旅の途中で、体調を崩すことなく元気でいられたのは、「しっかり朝ごはん(和風)を味わった」「湯船に浸かった」「よく寝た」の3つが大きい。その点においては、実践的でいいホテルだったと思う。
しかし一方で、「洗練された空間」と「使い勝手のよい空間」というのは異なるのだということも実感した。そもそも利便性が高い一方、狭いエリアに建てられた両ホテル。ロビーは天井を高くとっているにもかかわらず、不思議と開放感がない。
内装を最小限に抑え、上品に統一しているのであろうことはわかるが、京都のホテルは6泊しても、ロビーや部屋に至るエントランスドアがわかりにくく、行きつ戻りつした。ラウンジのムードも、写真で見た印象とは異なる。
また、両ホテル共に、ダイニング(京都は和食、東京はイタリアン)のレイアウトに閉塞感があり、動線がよくない印象を受ける。京都では、混み合う朝食のブッフェで料理を取りにくく、ゲスト同士がぶつかり合いそうになる。さらには、未だテーブルには飛沫防止のパーティションが置かれているから、店内の高級感は損なわれ、カジュアルな食堂のような印象を受ける。
銀座のダイニングは、最上階で眺めがいいものの、狭さをカモフラージュするための、エントランス界隈の鏡が紛らわしい。また、空調の音なのか、電子音が店内を満たしていて落ち着かない。
朝は静かに、摩天楼を眺めながら食事を楽しみたいところだが、電子音に重ねて、繰り返し流されるセンスがいいとは思えないバックグラウンド・ミュージックの音が大きい。少し小さくしてほしいと頼んでも、できないという。確かにわたしは聴覚が敏感だが、それでも大音量がスタンダードなインドに暮らせているから、寛大を心がけているほうである。
あまりネガティヴなことは記したくないが、これは個人的な紀行文ゆえ、本音を記しておく次第。
空間が落ち着かなかったとはいえ、京都のホテルのダイニングは、天ぷらの名店「八坂圓堂」であり、朝食も同店の和食が並び、満足できるものだった。ごはんや味噌汁にはじまり、だし巻き卵や湯葉など京都の名物料理をはじめ、旬の筍の煮付け、こんにゃく、カボチャやサツマイモの天ぷらなど、いずれも上品な味付けでおいしい。洋食のブッフェもあったが、わたしたちはほぼ毎日、ごはんと味噌汁を楽しんだ。
なにしろ6日も滞在しているので、スタッフの方々も毎朝にこやかに迎えてくれる。「おはようございま〜す!」と、かなり大きめな声で厨房の料理人男性に声をかける夫。その様子が「職員室に入っていく元気な生徒」のような塩梅で、笑える。
思い返せば海外旅行誌の編集者として旅をはじめて35年になる。これまで数々の国の、ピンからキリまで、無数の宿に泊まり、その多くを記録に残してきた。無論、良くも悪くも印象的な宿のことは、写真を残していなくても、今なおかなり鮮明に思い返すことができる。それが、35年前のことであっても。
「忘れ得ぬ宿」「また必ず訪れたい宿」というのは、当たり前だが値段やクオリティに比例するものではない。こう書きながら、脳裏に浮かぶのは、モンゴルのゴビ砂漠のゲル(笑)、イタリアはアッシジの修道院ホテル、北スペインはコミーリャスの海辺のホテル、ベルギーはブルージュの川沿いのイン、モニュメント・ヴァレーのネイティヴ・アメリカン居住区……と次々にイメージが浮かぶ。そしてもちろん、インド各地の個性的な宿のあれこれも。
旅の経験値もまた、今後は活かしたいと思う、今回の旅だった。
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今は4月27日の朝。今日の午後の日本航空直航便で、遂にはバンガロール(ベンガルール)に帰る。4月7日に始まった旅。なんと実り多い旅だったことか。夫と旅をすると、ひとり旅よりもはるかに心身のエネルギーを要する。今回、改めて異邦人にとっての日本旅の困難さを痛感した。それでも多くの旅行者が訪れるのは、不便を補ってあまりある魅力が、この国にはあるのだということも、強く認識した。
福岡7泊。京都6泊。東京2泊。白馬村2泊。再び東京で3泊。体調管理を最優先で旅をしたおかげで、二人とも元気だ。夫は毎朝、ジョギングしている。実家の福岡市東区名島では、多々良川の河畔を。京都では祇園の建仁寺や八坂神社を。白馬では宿周辺の風光明媚すぎる田舎道を。そして今、皇居周辺や日比谷公園を走っているはずだ。昨日は雨天だったものの、今日は一転して快晴。張り切って出かけた。
夫がジョギングや瞑想をしている間、妻は荷造りをしたり、こうして書き物をしたり、束の間の一人の時間を過ごす。そもそも、「絶対的に」自分自身のひとりの時間を尊んでいるわたしにとって、四六時中、誰かと一緒に過ごすのはストレスが溜まる。とはいえ、一人旅では決して知り得なかった「夫の視点」や「夫の経験」をつぶさに感じて、学ぶところは少なくない。
東京では、夫は急遽、いくつかの仕事のミーティングを入れたこともあり、別行動の時間も多かった。わたしは友人に会ったり、買い物をしたりと、一度も地下鉄に乗ることなく、銀座界隈で過ごした。一時帰国時には、多くの人と会いたいと思う一方、時間が限られている。今回は夫も一緒だったので、せっかくお声をかけていただいても、会えない方々がいらした。
秋にまた、一人で帰ってきます。あるいは、バンガロールへ遊びに来てください!
パンデミック前は、「4月はニューヨーク旅、10月は日本旅」という旅の2本立てを10年以上続けてきた。しかし、2019年を最後に、ニューヨークへの年に一度の里帰りが途絶した。その分、今年は日本への一時帰国を2回にしようと思っている。これもまた、人生における、潮流の変化なのだろう。無理にしがみつかず、拘泥せず、ニューヨークは脳裏の片隅にとどめおき、今は流れに任せよう。
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日本を離れる前日の朝。元ミューズ・クリエイションのメンバーだった真梨子さんとホテルのラウンジで待ち合わせをしていた。去年に引き続き、今年も、朝日新聞出版の『AERA』の取材を受けるためだ。
バンガロールに帯同赴任される前は、朝日新聞の記者だった真梨子さん。インド生活、ご出産、新型コロナ禍を経て、昨年、約5年ぶりに職場復帰。以来、アエラ編集部に所属されている。前回は「インド沼にはまりました」という特集に関わる記事の取材だったが、今年は「はたらく夫婦カンケイ」というコーナーの取材。
インドを出発する前に、あらかじめアンケートに回答、この日は撮影とインタヴューという流れだった。実は京都で着用し、撮影したかった京友禅サリー。タイミングを逸したので、この日、着用した。
撮影後、場所を移して、コーヒーを飲みながら、インタヴューを受ける。1996年七夕の夜の出会いからの紆余曲折や波乱など、また夫の視点からの歳月についても尋ねられ、二人交互に、思いを語る。
普段は概ねバトルに終始している我々夫婦だが、第三者を交えて自分たちの足跡や相手に対する思いを語るとき、相手への敬意が普段よりは際立つ。自分たちを客観視しつつ、これまでの道のりを反芻することは、とても意義深いことだと実感した。
諸々濃密に話し込み、軽く10ページ分くらいの情報量になった気がする。まとめるのはたいへんだろうと、同じ書き手として察する。我々の暑苦しい27年間が、どのように表現されるのか、楽しみだ。
この2枚は、昨年の取材時と、特集の冒頭の写真。去年はわたし、今年は夫婦……。来年は我が家の4猫をNyAERAに登場させて欲しい😸 インドの動物保護事情やペット関連情報も話題が尽きぬので、いっそバンガロールへ取材に来て欲しいくらいだ。
[🇯🇵DAY 21-1/ Tokyo] ミューズ・クリエイションの元メンバーから取材を受ける朝。
https://museindia.typepad.jp/2022/2022/06/jpn21-1.html「インド沼」……😁 本日発売のアエラに、坂田もちらっと紹介されている。
https://museindia.typepad.jp/2022/2022/08/aera.html😼マルハン家の4猫ブログ
https://museindia.typepad.jp/alice/ -
本日未明、無事バンガロールに到着した。今回はかつてなく、自らの来し方行く末に思いを馳せる日本旅となった。同時に「わたしだからこそできる役割」を見つめ直す契機となる旅でもあった。
あらかじめ敷かれたレールの上を進んでいるにせよ。列車の状態は自分で整えられるし、変化し続ける車窓からの景色もまた、心持ちや捉え方次第で、どのようにも映る。
日本を離れたからこそ見える日本のよさ。今回の紀行はまた、行間から滲み出るメッセージも多く、貴重な備忘録となるだろう。これから山のような荷解きや、来週からの諸々が迫ってはいるが、深呼吸。深呼吸。できるだけ、書き残そう。すべては糧となる。
銀座ではまた、強烈なご縁を感じずにはいられない出来事があった。わたしは普段、自分のソーシャルメディアに投稿することが優先で、人様の投稿に目を通す時間は短めだ。特に旅行中とあっては。そんな状況の中、白馬から銀座に戻った24日の夜、インスタグラムを開いた瞬間、エメラルドのスペシャリストである「ホノカズエメラルド」川添微(ほのか)さんの個展情報が目に飛び込んできた。驚くことに場所は銀座。しかも翌日25日から開催とある。これは、行くしかない……!
日本のメディアでもしばしば取り上げられている微さん。エメラルドのプレゼンテーターであり、ジュエリーデザイナーであり、GIA宝石鑑定士でもある彼女。わたしが知る限りにおいても、実に個性的でバイタリティあふれる魅力的な女性だ。
彼女との出会いは1998年のニューヨーク。当時わたしが自社ミューズ・パブリッシングから出版していた日本語の季刊情報誌『muse new york』でも、彼女を取材し紹介している。当時の記事へは、以下のURLにて読むことができる。
22年前から、わたしの左手の薬指で光っているダイヤモンド。わたしの婚約指輪は、彼女に手配してもらったものなのだ。婚約指輪を自分で手配するという個性的な経緯は、最早ひとつの物語。ほのかさんの存在あってこそのエピソードだ。『深海ライブラリ』ブログに、当時の記録を転載しているので、ぜひ読んでいただきたい。
彼女と最後に会ったのは、今からちょうど20年前の2003年。彼女の結婚式のときだった。当時、我々夫婦はワシントンD.C.に暮らしていたが、ニューヨーク北部の結婚式の会場まで、車を走らせたことを思い出す。
あれから20年……!
会場となっている「森岡書店」。「一冊の本を売る書店」という極めて個性的なこの場所が、非常に興味深い! 詳細をぜひ検索してお読みいただきたい。
ホテルから銀座の中心部を対角線に進んだ新富町に近いエリアにある森岡書店。足早に歩きながら、東京でのフリーランス時代、新富町にあった会社にも籍を置いて、馬車馬のように働いていたことを思い出す。
あれから30年……!
微さんは店にいるだろうか。お昼を食べに出たりしていないかな。わたしが突然現れて、びっくりするだろうな。いや、すぐにわかるかな……などと考えるうちにも、ワクワクして顔が綻ぶ。
そうして、静かな路地を左折し、少し進んだ先に……森岡書店はあった。
無口に見えて饒舌な存在感を放つその小さな書店。少し遠目から、まずは店内を覗く。長身の店長、森岡督行氏と、3名の女性……。
微さんは……いた!!
マスク越しでも、すぐにわかった彼女の姿。こんにちは〜と店内に入ると、目を丸くして驚く彼女。そこからはもう、大騒ぎだ。他のお客様の邪魔にならないように……と思いつつも、しばらく森岡さんやゲストの方も交えて、ニューヨークの話、インドの話と盛り上がる。
インスタグラムの限度2000文字を超えるので大幅に割愛するが、人とのご縁のおもしろさ、を痛感せずにはいられない午後だった。わたしは、いつかきっと、微さんのジュエリーを買おうと思っていた。それも、エメラルドだけではなく、天然真珠がついたものを。
なぜなら、インドの占星術(生年月日と時間&生誕地の緯度経度)によって導き出されたわたしの誕生石は、知性やビジネスを司るのがエメラルド、感情や精神を司るのが天然真珠だからだ。
夫の父方祖母がわたしに残してくれた形見が、エメラルドと真珠のネックレスとイアリングのセットだった時には「出会うべくして出会った」と実感したが、57年も生きていると、そういう偶然がしょっちゅう発生する。ゆえに定められたレール。
研磨されていない、ロウ・エメラルドの味わいが個性的な微さんの作品。ふたつと同じものがないところも魅力だ。インドでは、ロウ・ダイヤモンドはじめ、研磨されていない宝石も一般的。だめだ宝石を語り出すとまた長くなる。
天然真珠が施されたジュエリーは限られていたので、選択肢は少なく、あまり迷わずに決められた。チェリーと名付けられたそれ。アンシンメトリーがユニークでかわいい。インドは大ぶりジュエリーが多いから、むしろこの小さくも上品な存在感がいい。
ジュエリーと写真集を購入し、森岡督行氏のご著書『ショートケーキを許す』をいただく。これまでの人生、さまざまな菓子を焼いてきたが、日本人だけでなく、他国の人々含め、最も人気があるのが「日本らしい」ストロベリーショートケーキやロールケーキ。この話になるとまた、長くなる。
森岡氏のお話もまた、極めて楽しく興味深く、時間がいくらあっても足りそうになかった。バンガロールでの再会を願って別れた。新居の「月光ライブラリ」で語り合いたい。
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わたしは20代の8年間を東京で過ごした。当時のことを、微さんに「どうだった?」と尋ねられたとき、一言「悲喜交々」と言ったら、森岡さんが「悲喜交々!」反応された。「悲喜交々」と、文字にはすれど、口にする人は稀だった模様。東京での暮らしが辛かった。「喜」は圧倒的に少なかった。しかしあの下積みの歳月があったからこその、ニューヨークであり、インドである。
ホテルへ戻り、部屋に至るエレベータの中で、鏡に映るイアリング(ピアス)を、満たされた気持ちで見つめた。アンシンメトリーの真珠は、涙の雫のようにも見える。悲しみの涙。喜びの涙。まさに「悲喜交々」を形にしたようなイアリング。耳から外して、手のひらに載せ、そっと握りしめる。
🗽どんなに時代を経ても、輝きを失わず、刻んできた時間を思い出させてくれる……宝石を通して物を愛おしむ気持ちを伝えたい。(muse new york 2000年夏号)
http://www.museny.com/newyorkers/newyorker4.htm🗽婚約指輪。2001年春。ダイヤモンドを巡る旅@ニューヨーク
https://museindia.typepad.jp/library/2001/06/diamond.html🗽友人の結婚式のため、ニューヨークの郊外へ出かけた。(September 2003)
http://www.museny.com/essay&diary/mag103.htm◎Honoka’s Emeralds
https://honoka.us/05-2 -
🍕子どものころ、バンガロールに暮らしていた藤田杜(もり)さん。藤田家がバンガロールを離れてから10年以上がたつが、彼女は、母の夕子さんとバンガロールへ遊びに来たこともあるし、わたしの一時帰国時には家族で再会したこともある。
ご両親の都合がつかないときも、彼女はひとりで会いに来てくれるなど、思えば毎年のように、会ってきた。かつては、バンガロールの我が家に泊まって、ミューズ・クリエイションのメンバー&短期インターンとして、チャリティ・バザールの手伝いをしてくれたこともあった。
パンデミックのときには、STUDIO MUSE (Youtube) の、オンラインでの同窓会的な座談会動画にも出演してくれた。だからもう、他所様のお嬢さんながら、他人とは思えない。姪のような存在なのだ。
さらに遡れば、わたしが助っ人要員として、バンガロール日本人補習校の国語の教師をしたときには、わずか2回の授業ながらも、彼女は生徒だった。こうして書いていると、つぎつぎに思い出が蘇る。
ついこの間、大学に合格した……と聞いた気がしたが、すでに大学院に進み、わたしが何度聞いても、よく理解できない、そしてわかった気がしてもすぐ忘れる(悔しい😆)、ややこしくも難解な世界を追求している理系の彼女。今は25歳。来年の就職先も決まったようで、本当におめでたく、ノンアルコールのミモザで乾杯。
藤田家とマルハン家は家族全体で親しいので、夫も杜さんのことを気にかけている。近い将来、バンガロールでの再会を願う。
ちなみにランチの場所は GINZA SIX のEATALY。10年ほど前、ニューヨークにオープンしたばかりのEATALYを思い出して、やはり少し、ニューヨークが恋しい。
🇮🇳🇯🇵 同時期、バンガロールに暮らした3人が、当時の経験や帰国後の生活について忌憚なく語る。楽しい会話の中にも、帰国子女が抱える課題が浮かび上がる有意義な座談会。
🥟そして夜は、ミューズ・クリエイションの初代(2012年〜)からのメンバーで、パンデミックの間、SAREESを結成して一緒に音楽活動をしていたヴァイオリニストの恵美子さんとディナー。実は今回はアルヴィンドも一緒だし、ぎりぎりまで東京の予定が立たないからと秋に再会することにしていた。しかし、直前の予定変更などがあり、急に当日の朝、声をかけた。幸い彼女も予定が空いていたので、夫も含めて銀座で会った次第。
過去から幾度となく記してきたが、わたしはインドに移住したころから、どんどんMSG(化学調味料。日本では「アミノ酸など」と書かれているもの)をはじめとする食品添加物などを受け付けなくなってきた。日本を旅するたび、体調不良になっていたので、過去10年ほどは、極力、そのようなものを避ける料理を選んできた。基本、日本料理ほかアジア系の外食には何かしら入っているので、避けるのは困難だが、意識的に料理を選んでいる。
しかし、どうしても餃子が食べたくなり、化学調味料不使用(無化調)の店を検索したところ、銀座三越の上階にある桃谷樓を発見。「ナチュラル&ヘルシー。子供たちに安心して食べさせられる中国料理」のキャッチコピーが心強い。
◉桃谷樓
https://tokokuro.jp/もう、何年振りかわからないくらい久しぶりに紹興酒を飲み、久しぶりの酢豚や餃子、点心、パリパリのかた焼きそばなどを堪能。おいしかった! しかし、楽しい時間は瞬く間にすぎる。
やっぱり、白馬村で同窓会を実施したいと改めて思うのだった。
🎵 SAREESのYoutube動画集(STUDIO MUSE)
https://www.youtube.com/playlist?list=PLtS91Qr_YL52GlmYstYNRvxpPny8s6HdX -
わたしは1988年、大学卒業後に上京し、近畿日本ツーリストの旅行雑誌やガイドブックを編集するプロダクションに就職した。駆け出しの編集者ながらも、海外ガイドブックの担当となったわたしは、2年半の間に、台湾、シンガポール、マレーシア、スペインなどを取材し、一冊のガイドブックを作り上げるプロセスに関わった。それはもう、ハードワークの極みだったが、かけがえのない修行時代だ。
海外ガイドブックの仕事の合間、国内取材にも駆り出された。バブル最盛期の当時、洋風の民宿「ペンション」が大流行し、長野県や山梨県の高原や山岳地帯、スキー場周辺に、無数のペンションが誕生した。そのペンション取材のために、清里や蓼科を訪れたことがある。
1980年代後半から1991年にかけての、日本のバブル経済の象徴のひとつが、スキーリゾートの大流行だった。スキー場と聞けば、ユーミンの「恋人がサンタクロース」が脳裏を巡るバブル世代は少なくないだろう。1987年にヒットした原田知世主演映画『私をスキーに連れてって』の挿入歌だ。
白馬村では今でもスキーシーズンは、大勢の来訪者で賑わうとのことだが、バブル期は比にならない喧騒だったはずだ。
先日も記したが、わたしはフリーランスになってからは、「カメライター」として、白馬村にほど近い安曇野界隈を取材した。ちょうど30年前のことだ。それ以来、この地を訪れることはなかったし、今後も来ることはないだろうと思っていた。しかしながら、バンガロールでの「ご縁」がきっかけで、今回の旅が実現した。
ブリュワリー事業の話がまだ構想段階だったころ、村田さんとZOOMで話をしたことがあった。そのときに「懐かしく思える故郷を持たない人に、第二の故郷だと思える場所を作ってはどうか」という話しをした。遠く日本を離れて暮らすとなおさら、日本らしい自然美に満ちた場所が恋しくなる。
今回、白馬村を訪れて、スキーシーズン以外が「オフシーズン」と定義されていることに対し、大いに違和感を覚えた。ここは一年中、四季折々の魅力が体験できる、すばらしい場所ではないか。部外者ながらも2泊3日滞在しただけで、そのことが実感できた。ここだけではない、きっと日本の各地に、このような場所があるのだろうと確信する。
奇しくも今回の滞在中、夫のMBA時代の友人(香港人)が、Hakuba Beer Garage から徒歩で数分の宿泊施設物件を購入していたことがわかった。海外の投資家たちの方が、むしろそんな日本の魅力を嗅ぎ取っているのではないかと、改めて思う。この趨勢に関しては、軽く言及するには深すぎるテーマもあるので今日のところは割愛。
なお、東京から白馬村までは、いくつかのルートがあるが、1日に1本、新宿と白馬村を結んでいる直行便「あずさ」が便利だ。乗車時間は4時間ほどと長いが、きれいで快適な車両だし、道中の景色も麗しく、富士山も見られるしで、悪くない。
白馬村へはまた、名古屋からもアクセスしやすい。ミューズ・クリエイションの過去のメンバー228名のうち、多くの人が愛知県に在住されている。いつか、白馬村でミューズ・クリエイション同窓会を実施したいと閃いた。なんだか楽しそうだ。
というわけで、秋は白馬村に集合で!🐎
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図らずも急遽、滞在することになったシェラリゾートホテル白馬村。こんなにも豊かな時間を送れるとは想像していなかった。好天にも恵まれて、わたしたちは実に幸運だ。
念のために記しておくが、ここは決してモダンにラグジュリアスなホテルではない。前述の通り、建築物自体の古さは否めないし、洗練された風情というわけでもない。個人的に、米国シエラネヴァダ山脈界隈のロッジやホテルを彷彿とさせる懐かしさから、愛着が湧いたともいえる。
部屋から温泉棟へ向かうには、一旦、外へ出ねばならないので寒過ぎて震えるし、ラウンジも昭和感が強く、寂(さび)と寂(さび)れの境界線が曖昧。とはいえ、四季折々の大自然を肌身に感じられるという、すばらしい周辺環境があるので、少々の不都合があっても、リピーターは少なくないだろうと察せられる。
我が家の「月光ライブラリ」よろしく、ここに大きな木のテーブルを備えた居心地のいいライブラリがあったり、心地よい音楽が流れる中、旅人同士が語り合い安らげるバーなどがあったら最高だと思う。
さらには、前日のホテル同様、チェックアウトが10時というのは、いかにも落ち着かない。これは日本の宿のスタンダード? チェックアウト12時に慣れているわたしたちには、10時が早過ぎて、朝が気ぜわしい。有料で2時間延長の12時チェックアウトにしてもらい、朝風呂や散歩、くつろいでの朝食を楽しんだのだった。
ホテルの背景が気になったので、チェックアウトまでの時間、ネットであれこれと調べた。「ホテルシェラリゾート白馬」は2023年で創業50年。このリゾートの建築物は30年足らず前に誕生し、徐々に拡張してきたとのこと。今も一部改築工事が行われていた。読み進めるうち、次の文章に目がとまった。
====
富原 玲奈 代表取締役社長
1998年生まれ23歳。長野県白馬村出身。慶應義塾大学 総合政策学部卒業。大学卒業後は進学をする予定でしたが突然家業のホテルを継ぐことになり、2021年5月株式会社シェラリゾートホテルズ代表取締役に就任しました。
====非常に、興味深い。チェックアウトのとき、スタッフと話をしつつ「お若い女性が社長に就任されているのですね」と、告げたら、「あ、今ちょうど、あちらで打ち合わせしています」と、ロビーの一隅を指差す。
複数名で真剣に話し合いをされているところに乱入するのは憚られたが、夫が「せっかくだし、挨拶したほうがいい」という。一瞬、日本人的にためらうわたしに、「ぼくは@@(グローバルに著名な実業家)と、どこで挨拶したか知ってる? ムンバイの空港のトイレだよ!」と、古い話を持ち出す。
仕事ができる人は、一瞬の出会いの好機を逃さないのだ。
我が夫、概ね猫煩悩なおじさんというイメージだが、仕事に関する頭脳は明晰で、できる男なのだ。(この文章が、どのように自動翻訳されるのか、不安)
確かにゲストとしても感想を伝えたほうがいいと思い、お声をかけたのだった。富原さんと、ホテル関係者の方にご挨拶をし、簡単にホテルの感想を伝えたあと、Hakuba Craft のことを話し、とてもおいしいビールだから、ここでもぜひ販売されてはどうかなどと関係者の如くアピール。
そうして、「紅葉の季節に、来ます!」と伝えた。
というわけで、秋にまた、来ることになりそうだ。
◎シエラリゾート白馬
https://sierrahakuba.jp/ -
このリゾートの大いなる魅力は、自家源泉「白馬みずばしょう温泉」だ。大浴場「古民家の湯」は、江戸時代、豪雪地帯に建てられた古民家を移築したものだという。朝風呂に入ろうと大浴場へ赴いたら、利用者はわたしだけだったので、写真を撮らせてもらった。
天井高く、梁の力強さがなんとも言えず、いい風情。木と石の調和もほどよくて、古いからこその情趣がある。露天風呂に入れば、桜、山々、北アルプスの山並み。そして時折、ホーホケキョウと、鶯のさえずり。なんという贅沢だ。
このホテルはまた、コンプリメント(無料提供)の飲食物が太っ腹。ホテルの入り口には、お汁粉や卵かけ御飯、カレーなどの軽食が出され、ラウンジではワインやコーヒーが楽しめる。また、温泉にはコーヒー牛乳やアイスクリームなどもある。「富より健康」のキャッチコピーが最高のコーヒー牛乳が、思いがけずおいしい。南インドのコーヒーの産地、クールグのリゾートで出されるアイスコーヒーとよく似た味!
ここでHakuba Craftのビールが飲めれば、最高だ! ぜひコラボレーションを実現してほしい。
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京都滞在の最終日、錦市場を歩いているとき、白馬村で2泊目に滞在予約を入れていた宿から連絡があった。なんでも温泉のボイラーが故障したことで温泉が使えなくなったとのこと。温泉なしで構わなければ近所の湯に案内するが、宿のキャンセルや変更も代行してくれるという。
どうしようかと思いつつ、確定せぬまま東京へ。今回の白馬村は、HAKUBA BEER GARAGEを訪れることが目的だったから、それ以外のリサーチはほとんどしていなかった。しかし、どう考えても温泉が壊れた温泉宿に魅力はない。というわけで、急ぎ宿を探して決めたのが、この「ホテルシェラリゾート白馬」だった。
奇しくも、栂池(つがいけ)スキー場へ向かう途中の山あいに位置するこのホテル。同スキー場のゲレンデに面するHAKUBA BEER GARAGEまでは、車で5分ほどの距離だ。気温が低いこのあたり。ホテル周辺にはまだ桜が残り、まさに桜吹雪が舞っている。美しい。
今回の日本旅に際しては、バンガロールにいるときから「桜が見たい」と繰り返していた夫。福岡でも、京都でも、そして白馬村でも、盛りを過ぎてはいるものの、こうして桜を思う存分眺められて、本当に幸運だ。
客室数は70室あまりと多くないが、敷地は広く部屋のスペースもゆとりがある。ほぼ満室だとのことだが、混雑している様子がないのがいい。
木造建築の間近を歩いているとき、米国西海岸のヨセミテ国立公園にあるリゾート「アワニ・ホテル」が脳裏を過ぎり、米国での旅を思い出して懐かしい気持ちになる。懐かしさの理由は「シダー(杉)の香り」。まさにシエラ・ネヴァダ山脈の匂いだ。
館内の案内マップを見たところ、「建築材料はカナダから輸入。環境建築の傑作、チャールズ・ムーアのシーランチが手本でした」と小さく記されている。これは、大きく説明してほしいポイントだ。
チャールズ・ムーアは米国の建築家。シーランチ(海の牧場)とは、米国西海岸にある「シーランチ・コンドミニアム」のことだ。1965年に誕生したシーランチ・コンドミニアムは、自然環境に極力、干渉せず、人間と自然が共存する場の構築を理念として誕生している。
このリゾート。確かに老朽化は否めないが、それもまた時間の経過に伴う風化だと捉えれば風情だ。リゾートの敷地内には、教会もあり、結婚式にも利用されるとのこと。今は桜や水仙、ミズバショウなど春の花が咲いているが、これから夏にかけては益々、花々が美しくなるという。(つづく)

































































































