インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    わたしたちが1泊目に滞在したホテル白馬は、白馬駅から北に伸びる322号線沿いから、少し西へ外れた場所にあった。チェックアウトが10時だと知らず、部屋でのんびりしていたら、フロントから催促の電話。早過ぎやろ! と突っ込みつつも、慌てて荷造りをして、界隈を散策する。

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    ホテルのすぐ近くに、日本のアウトドア用品ブランドの「スノーピーク」がある。昨今のグランピングブームに伴う記事などで、わたしも同ブランドの名前を知ってはいたが、実際に目にするのは今回が初めて。高品質なアウトドア・ファッション、おしゃれなキャンプ用品……。新しいブランドかと思いきや、母体は1958年に新潟に創業した金物問屋だという。

    山の稜線とシンクロするような姿が美しい白馬店の建築は、東京オリンピックの国立競技場を手がけた隈研吾氏によるもの。同氏による太宰府天満宮の斬新なスターバックスカフェと似た意匠も見られる。

    322号線沿いのPatagoniaやThe North Faceなどのアウトドア用品店にも足を伸ばす。米国在住時、ヨセミテやイエローストーン、グランドキャニオン……と、あちこちの国立公園を訪れ、トレッキングしたことを懐かしく思い出す。

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    お昼ごろ、村田さんが来てくれ、「道の駅」に連れて行ってくれた。ここで長野県土産を購入。戸隠そばや日本酒、餅や味噌なども。

    村田さんお勧めの「そば神(じん)」で遅めのランチ。ざるそば&山菜の天ぷらなどを味わう。今回の旅で、わたしは生まれて初めて、山菜のおいしさを知った。

    山菜といえば、パック入りなど加工されたもののイメージしかなかったからだ。

    旬が短い摘みたての山菜を食べられるのは、その場に赴いてこそ。今回は、京都でも、白馬村でも、山菜の天ぷらを味わえてよかった。去年まで、この季節に一時帰国をすることがなかったから、春や初夏の日本に疎かったのだ。

    ランチの後、村田さんに次なるホテルへ送ってもらい、そこで別れを告げた。実は諸事情あって、数日前にホテルを変更することになったのだが、怪我の功名の極み。実にいいリゾートに、今、滞在している。(つづく)

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    白馬村での2泊のうち、1泊目はHAKUBA CRAFTのリターンとして宿を予約してもらっていた。昭和の風情が漂うそのホテル。率直に言って、客室自体は快適とは言い難かったが、大浴場や、そこに付属する露天風呂からの眺めがすばらしい。湯上がりは肌が柔らかく滑らかになる。

    さらには朝、ホテル付近を散策して感嘆した。目前に、長野県を代表する「八方尾根(はっぽうおね)スキー場」が広がり、その向こうに壮麗な白馬三山が悠然と連なる。手入れされた農道の脇には野の花や水仙が咲き乱れ、白や桃色の桜が散らずに咲いてくれている。

    八方尾根スキー場は、1998年に開催された長野オリンピックの競技会場でもあり、ジャンプ台も残っている。

    散歩を終え、朝風呂に入り、朝食のダイニングへ。ブッフェ形式の朝食ということもあり、さほど期待をしていなかったのだが、これが想像以上に充実していた。土地の食材を使った野菜なども選択肢が多く、やはりご飯がおいしくて、食が進む。

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    実は、今回の旅行中、食べ過ぎを懸念し、旅行用ポータブル体重計(日本のアマゾンで購入)を携行している。コンパクトで軽く非常に便利。3週間ものあいだ、食べたいだけ食べていたら、後悔することが目に見えているがゆえ、常時モニターする必要がある。

    しかしね。無理。維持できない。減らすのはたいへんなのに、増やすのは超簡単なのはなぜ?!

    今回の旅は特に、おいしいものに出合い続けている。とりあえず、今のところ、やや増量したとはいうものの、食べ過ぎ飲み過ぎを控え、睡眠も7時間以上は取り、体調管理を心がけているので、二人とも元気だ。なにしろ寒暖の差が激しくもあるので(昨日の最低気温はマイナス2度!)、残りの旅、気を緩めずに楽しもうと思う。

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    (つづき) オリジナルのクラフトビールが作られているのは、ゲレンデに面した場所に立つHakuba Beer Garage。3種のビールのほか、土地の食材を使った料理が楽しめる。この日、わたしたちはシーザーサラダ、生ハム(信州産!)、信州牛のステーキ、シーフードのトマトソースパスタなどを味わった。また村田さんのお母様が差し入れてくださった山菜の天ぷらも。

    実はわたしは、東京時代に、やはりJTB出版の『旅』の取材で、白馬村にほど近い長野県安曇野市を訪れたことがあった。そのときには、郷土料理をじっくり味わう機会がなかったのだが、今回、Hakuba Beer Garageで数品を口にしただけで、食材の滋味を味わうことができた。

    信州ビーフ、旨い! ごはんが食べたくなり、メニューにない「白ご飯」を出していただく。これがまた、おいしい。高級ビーフ丼を作って欲しいと切望。聞かれてもいないのに、具体的に使用食材まで提案しはじめる我。

    スキーシーズンは大勢の来訪者で賑わうようだが、雪が溶けるとあたりは静寂に包まれる環境。しかしながら、この自然美は、春夏秋冬、それぞれに魅力的に違いない。確かに都市圏から少し距離はあるが、景観のよさや食材の旨さ、温泉など、外国人旅行客を引きつける要素はたっぷりある。

    京都に並んで日本の美を再発見しつつ……四六時中、魅力を引き出すべく提案が止まらない。書きたいことが尽きないが、遊びに行きたいので、一旦停止。

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    朝、銀座のホテルに迎えに来てくれ、わたしたちを故郷の長野県白馬村まで連れてきてくれた村田仁志氏。彼はかつて、前職の研修で8カ月ほどバンガロールに滞在していた。その際、ミューズ・クリエイションの活動やわたしが開催するセミナーに参加するほか、彼の住まいが我々の旧居と近かったこともあり、しばしば我が家を訪れ、共に飲み食いを楽しんだ。

    彼がバンガロールを離れてからも、2020年に実施したミューズ・クリエイションのオンラインイヴェントで「座談会動画」にも参加してくれるなど、折に触れて連絡を取り合っていた。その彼が、故郷の白馬村で、幼なじみの田口氏と田中氏と3人で、2022年9月、オリジナルのクラフトビール「HAKUBA CRAFT」をブリュワリーを立ち上げた。

    村田さんからは、構想の段階から話を聞いていて、わたしも白馬村に思いを馳せていた。2021年、彼らがクラウドファンディングを実施した際には、わたしも支援した。そのリターンのひとつ「プロジェクトメンバーとのディナー券」は、昨年の一時帰国時に利用した。最後の写真がそのときのものだ。

    そして今回。リターンのハイライトである「白馬村の宿泊券1泊分(夕朝食付き)」も利用させてもらうべく、東京滞在中に、白馬村へ足を伸ばす予定を立てていたのだった。白馬村の清らかな水で作られたビール3種類。いずれも、個性豊かに味わい深い。

    わたしたちは、爽やかな口当たりながらも旨味が凝縮された(しかもアルコール度数が高い)Tropical Snow -Hazy IPA- がとても気に入った。

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    京都滞在の経験が濃密で、残したい記録を残しきれていない。気がつけば、東京の2泊3日を経て、今、白馬村に来ている。すでに京都が遠い。

    長野県白馬村。バンガロールで出会った村田仁志さんとのご縁がなければ、生涯、ここに来ることはなかっただろう。ここに至った経緯については、次に記したい。

    露天風呂から北アルプスの白馬三山を仰ぎ、最高のブリュワリーでおいしいビールと食事を味わい、再び温泉に入り、外は零下に至れども、暖かな部屋で満足の極み。

    半袖ばかりを持ってきたがゆえ、昨日はユニクロで「私をスキーに連れてって by 原田知世」的な衣類を急ぎ調達。買っててよかった。本気で寒い。

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    「見る目」というものは、好奇心によって育まれるのだということを、改めて思う。

    たとえば、猫に関心がなかったころには、近所を行き交う猫らを見ても「あ、猫。」で終わっていた。ところが、NORAが我が家を住まいに決めてからというもの、近所の猫らの1匹1匹の個性を見分けられるようになった。そればかりか、無駄に万猫への愛情を抱いてしまう。

    たとえば、京友禅サリーのプロモーターをお受けしていなかったら、着物姿の女性たちを見ても「あ、着物。」で終わっていたかもしれない。

    インド移住後、サリーを通してインドのテキスタイルに触れ始めてからは、サリー姿の人を見るにつけ意匠に目が行くようになった。京友禅サリーに関わったことで、今回は京都でお見かけした着物姿の人々の一枚一枚の個性に、関心を持つようになった。近寄って、声をかけたくなる衝動に駆られてしまう。

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    臨済宗大本山である建仁寺で、麗しい着物姿の女性たちを眺めて目の保養をしたあと、まだ京都駅へ赴くまでに少し時間があったので、隣接する建仁寺の塔頭である「正伝永源院」へ足を伸ばす……。

    と、知ったふうに書いてみたが……「塔頭」って、何ですか? 

    調べるに「たっちゅう」と読むらしい。禅寺における、高僧の基所に建てられた塔、あるいはその塔を守るための庵のことを指すらしい。知らない日本語の多さを痛感するのも、知るは愉し。

    折しも4月中旬から5月中旬にかけて、「正伝永源院」にて、つつじと新緑の庭園が特別に公開されているのだ。こぢんまりとした庵ながらも、得も言われぬ情趣が漂う、陽光朗らかにして静謐な世界だった。以前ならば、軽く一巡し、しばし座って眺めて去るところだったろう。

    しかし、既述の通り、ここ数年、スピリチャルや禅について学び実践している夫にとって、この空間は極めて意義深いものだったらしく、赤い毛氈(もうせん)に座し、静かに庭を眺めている。わたしはといえば、木造建築のその精緻な造りに見入り、感嘆するばかり。

    実は新居の地下に、数奇屋造りの和の空間を作る予定だということもあり、今回の京都旅では、とてもソーシャルメディアには載せきれない大量の写真を、参考資料として撮影した。インドで数奇屋造りとは極めて実験的であるがゆえ、多くを望んではいないのだが、それでも「自分の好み」を知るためにも、データは必要なのだ。

    この「正伝永源院」は、自由に中へ入り写真撮影も可能だったことから、すっかり長い時間を過ごしてしまった。庭の一隅にある茶室もまた、しみじみと興味深い。この狭く密なる空間の中に込められた、日本の伝統と独特の作法。世界観。一つの宇宙だ。

    なお「正伝永源院」は、細川家にも縁があるとのことで、元内閣総理大臣、細川護熙氏の揮毫による襖絵が奉納されている。わたしが正座する背景がそれだ。

    ちなみに、わたしが着用している、かなり派手目なトップは、[🇯🇵DAY 13-5/ KYOTO] の記録に残しているところの、「パゴン (Pagon)」で購入したもの。3枚のうちの一つである。同ブランドの詳細は、そこに記しているので割愛。京友禅の「型染め」の手法で染められたそれは、ダイナミックなデザインが楽しく、着心地もとてもいい。次回は本店を訪れ、できれば工房も見学させてもらいたいと思う。

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    3週間の日本旅を終え、バンガロールに帰ってきた昨日。猫らとの再会に喜び、睡眠不足なのに数時間の仮眠で目が覚め(3時間半の微妙な時差ぼけ)、長旅で溜まった雑事をのろのろと片付ける。隙間に東京滞在の記録を2つ残す。

    夕方にはUrban Companyのアプリでマッサージを依頼し、90分のトリートメントを受ける。自宅に簡易ベッドその他、マッサージに必要な諸々を持ってきてくれるこのサーヴィスは本当にありがたい。Urban Companyについても詳細を記したいところだが、それどころじゃなかろうもん。昨夜は10時ごろベッドに入り、泥のように眠った。

    そして今朝。目覚めた瞬間、かつてない、異様な感覚の移ろいを味わった。

    今、わたしはどこにいる? ここは日本……? インド……? わたしのいるべき場所? 帰るべき場所? あれ? ここは安息の地? 不安? あ、バンガロール。バンガロールの家だ。帰ってきた。大丈夫。ここにいる。

    言いようのない不安に、ほんの数秒のあいだ苛まれた。

    魂の位置が、定まっていない。飛行機の速度に、魂の帰還が追いついていない。まだ中国大陸の上空あたりをゆっくりと通過しながら、南天竺へ至っていかの如く。

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    故郷の福岡に始まった今回の旅は、時間旅行としての振れ幅も大きく、記録を綴り残してもなお、経験の扉を閉じることができない。来週月曜からは、取り掛からねばならぬ仕事も多々あり。日常の雑事も「なぜ?」というほど発生するインドライフにつき。いつまでも余韻を引きずっていられない。

    先ほどようやく、荷解きを終えてひと段落。いつもなら、もう次に進むところだが。今回ばかりはできる限り、京都と東京の情景を、残しておこうと思う。いつか必ず、役に立つので。

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    京都を離れる日の朝、駅へ向かう前にホテルの周辺を散策した。隣接する建仁寺に立ち寄ったところ、前日までとは様子が違う。この日、4月20日は、臨済宗の開祖であり、喫茶の風習を中国から伝えた栄西禅師(1141~1215年)の誕生日であった。

    ゆえに、栄西禅師が創建した建仁寺では、誕生日を祝して、四頭(よつがしら)茶会がなるものが開催されているのだった。境内の随所で、由緒ある茶会が開かれているらしく、艶やかな着物姿の女性たちが行き交っている。

    一隅では、一般の人たちにも無料でお茶とお菓子がいただけるということで、ありがたくも案内していただいた。ささやかながらも祝賀の恩恵にあずかれて嬉しい。この日は急に気温が上がり、日差しもまばゆい。スーツケースに入れたままの、来ていない半袖を着るチャンスを逃してしまった。この時節の日本旅は、服装の荷造りが難しい。

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    商店街をそぞろ歩いていると、次々に目に飛び込んでくる興味深いもの。その都度、立ち止まるので、なかなか先に進まない。今回、旅の前に「京都で立ち寄りたい場所のリスト」を作っていたが、そのうちの半分も、訪れることができなかった。

    有形文化財に指定されている建物にブティックが入っている様子などは、ムンバイのカラ・ゴーダやフォートの街を思い出させる新旧混沌。思わず店に吸い込まれ、許可を得て店内を撮影させていただく。

    内装ばかりを見つめているのも、ずいぶん失礼な話なので、衣類も拝見。スタッフの女性が着ていたロングスカートがとてもすてきだったので、同じものを試したところ非常に着心地がよく衝動買い。

    寄り道しながら、目的地の「パゴン (Pagon)」へ。本当は本店に行きたかったが遠かったので、徒歩圏内の三条店を選んだ。

    今から12年前だったか。一時帰国時に、福岡の百貨店の一隅で、期間限定で販売されていたパゴンのトップを買った。ダイナミックな日本柄に惹かれたが、手触りもよい。さらには、その着心地のよさに感嘆した。まさに「着倒した一枚」だったので、今回、同じ綿素材の服を買いたいと思ったのだ。

    パゴンは京友禅の老舗から生まれた「伝統着物柄アロハシャツ」のブランド。創業1919年の亀田富染工場で作られている。わたしがプロモーターとして関わっている京友禅は「手描き染め」の技法が用いられているが、こちらは「型染め」。染めに使用している型は全て、京友禅の伝統工芸師が手がけたものだという。まさに「不易流行」を具現化しているブランドだ。

    前回購入したものと、同じデザインはなかったが、ロングスリーブのすっきりしたデザインのものを見つけた。思い切って3枚買った。カジュアルにも合わせやすく、着心地もよい。これらもまた、頻繁に着ることになるだろう。

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    日本でフリーランスのライター兼編集者だったころ。主な仕事は旅行誌やガイドブックの仕事だった。まだデジタルカメラが普及していない時代。そこそこに、写真が撮れたわたしは、「カメライター(カメラマン兼ライター)」としての仕事を受けることもあった。

    日本時代のわたしは、海外取材の仕事が多かったが、かつてのJTB出版が出していた『旅』という雑誌の仕事は別だった。今思えば、わたしの国内取材の経験の多くが、JTB出版に関わっていた。今からちょうど30年前の京都特集では、「おんなひとり旅」というテーマで取材をした。

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    今回、街を歩きながら、当時から変わらぬ店舗を見つけるにつけ、時間旅行をしているような気持ちにさせられた。
    京人形や扇子など、数百年の歴史を持つ店で、買い物をしつつ、店の人に話を聞く。取材でなくとも、自ずと取材になっている。

    気がつけば、こういう仕事をもう35年もやっている。紙からインターネットに変わり、フィルムからデジタルに変わったとしても。やめることができない我が習慣なのだ。

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