インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • 🌻デリーから戻って、気がつけば1月も下旬。

    先日参加した、「ラーマーヤナ」に関する極めて興味深かったセミナーのことを記しておきたいのだが、それより先に、明日、自分が行うセミナーの準備で、今は頭の中がいっぱいだ。

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    昨年からメンバーに招いていただいた、女性たちの勉強会。非公開なグループにつき、仮に「女史勉強会」とする。月に数回、さまざまなテーマのトークやセミナーが行われる。明日は、わたしが自宅にメンバーを招き、インドと日本の関係史について、語ることになっている。

    日本人向けにはすでに何度も実施してきたセミナーにつき、資料は英訳すればいいだけだ……と思っていたが、その英訳が、当然ながらたいへんだ。日本人に対するのと、インド人や、インド人以外の外国人に対するのとでは、内容も変更が必要となる。「女史勉強会」のメンバーはインド人が大半だが、わたしのように外国人も数名、いるからだ。

    英訳ソフトのDeepLの助けを借りつつ、資料を再構成。意味がわからない単語や、発音がわからない単語を確認するうちにも、時間が流れる。

    さらには、情報を洗い直すうちにも、新たな興味深い事実が浮かび上がったりして尽きない。毎度のことながら、資料が厚すぎる。しかし、いいのだ。たいへんだけど、楽しいからいいのだ。

    セミナーは1時間と限られている。大切だと思われるところだけを説明し、あとは、資料をシェアして、もしも関心のある方には、独自で調べていただこう。

    それにしても。本当にインドと日本の結びつきには、心動かされる事柄が多く……。この資料は、今後さらに推敲し、日本に関心のある人たちに向けても、広く伝えたいと思う。

    日本人が日本の歴史をよく知っているわけではないように、インド人もインドの歴史をよく知る人ばかりではない。憚ることなく、学んだことを、シェアしたい。
    まずは明日、がんばろう。

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    青き空が目にやさしい。

    軽き風が肌にやさしい。

    新しい試み。

    新しい出会い。

    学ぶことが多い日々。

    限りある命。

    限りある時間。

    たいせつに、過ごそう。

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    一昨日、無事バンガロールに戻ってきた。

    京友禅サリーの展示会が目的で訪れた冬のデリー。よりによって、今年で最も空気が悪く、視界不良でフライトが遅れた日に到着した。しかし、その数日後からは空も澄み始め、寒さにも慣れた。

    展示会の準備のために買い物へ出かけたり、親戚宅を訪れたり、友人たちと食事を楽しんだりと、無理をしない程度に外出もした。

    13日には展示会の開場前に、祭司を招いてロメイシュ・パパの命日を祀る儀礼を行った。ヒンドゥー教の儀礼は、何かと火を焚く。結婚式のときも。新居の祝祭も。

    さらにはその日、北インドはLohri(ローリー)と呼ばれる冬至の祭り日であった。五穀豊穣を願うもので、これまた火を焚く。マルハン家1階のテナントの一家に招かれた。展示会を終えてひと段落した後、階下に降りる。

    軽くカクテルなどをいただき、語り合った後、焚き火の周りを歌い踊りながら周り、ポップコーンやピーナッツを火に投げ込む。

    大気汚染を助長している、すまぬ。との思いと、昔ながらの習慣だから仕方ないよな……との思いが錯綜。

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    14日の展示会終了後は、義理の継母ウマの誕生日を祝うことができ、それもうれしかった。本当にありがたい偶然だった。

    デリーでは、バンガロールでは感じることのない、インド家族や親戚との繋がりや歴史を肌身に感じる。好奇心を刺激されると同時に、あまりの果てしなさに途方に暮れる思いにもなる。

    抱えきれないほどのテーマを前に、自分が関われることには限度がある。やるべきこと、やりたいことを見極めて、あれこれ抱え込まず、取捨選択をせねばとも思う。

    デリー宅は今後、改装工事が必要だ。バンガロールの旧居もまた。これらは不可欠なすべきこと。

    一つ一つの課題が重いが、マネジメントできるのは自分しかいないので、焦らずぼちぼち、進めたい。

    詰め込んでいるつもりはないのに、時間はどんどん流れていく。隙間、余白を大切にせねば。

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    2日間に亘って開催した京友禅サリー展示会は、無事につつがなく終えることができた。

    50名を超えるゲストが来訪され、京友禅を見て、触れて、感じてもらった。あるいは、身にまとって、その質感のすばらしさを体験してもらった。

    善きものは、触れて使って、使い続けて、その良さを実感できる。

    一枚布のサリーは尚更に。

    身に纏ってはじめて、布が呼吸を始める。吊るされているときには無口だった布は、触れられ、纏われ、なびかされて、饒舌になる。

    それを、ゲストに体験してもらいたかった。

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    非常に高価なものなので、着用を遠慮をされる方もいらしたが、京友禅サリーは撥水加工が施されており、簡単に汚れないのも長所なのだ。

    翻って、京友禅サリーの市場開拓となると、バンガロール展示会で実感したのと同様に、課題は多い。

    しかし「潜在力」があることは、まちがいない。今後、いかに課題を理解し、商品に反映させ、市場に展開していくか。それは、購買層となるインドの人々の嗜好、習慣、価値観、さらには、都市ごとの地域性や、そのときどきのトレンド、ライフスタイル全般を、「常にアップデート」する必要もある。

    今日、展示会のレポートをまとめれば、ひとまず我がミッションは完了。今後、わたしが京友禅サリーとどのように関わっていくのかは未知数だ。

    10月中旬に「京友禅サリーのプロモーター」の任を引き受けてはじめて、京友禅に関して付け焼き刃の知識を得た。京都の染匠さんの工房すら訪れていない者がプロモーターしていることを、疑問視する向きもあるだろう。

    それでも、これまで無数のインドの伝統工芸に触れ合ってきた者として、個人的に、日本の伝統的な「善き手工芸品」の魅力を再確認することができたのは確か。何より、「仕事」という領域を超えて、「人間の手なる技」に対する、自分自身の関心が、高まった。

    今回、デリーの家に残されている、古き日本の漆器などを手にするにつけても、それを思った。

    日本とインド両国の「不易流行」を、微力ながらこれからも、追求する仕事に関わりたいとの思いを新たにしつつ……。

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    淀んでいた空が嘘のように、今日のデリーは青空だ。13日、14日と、2日間に亘って実施した京友禅サリーの展示会。50名を超える来訪者を迎え、想像以上に賑やかで豊かな時間が流れた。

    今回の一連の出来事は、3年前に他界した義父ロメイシュ・パパの計らいのような気がしてならない。すでに記したが、この展示会を開催すると決めてのち、13日が義父の命日で、14日が義理の継母の誕生日だということを思い出した。

    ロメイシュ・パパが建てたこの家の家具は、主には義父方の祖父母から引き継いだものが残っているのだが、中には、義母方の祖父母ゆかりの調度品が、物置などの中に残されていた。

    殺風景な家を彩るために、寒さに震えつつ、さまざまを発掘。何十年も眠っていた物らを、洗う。拭く。磨く。

    実業家だった義母方の祖父は、主には英国やスイスほか、欧州を旅することが多かったと聞いている。しかし、ここに残されているのは、日本や中国などオリエンタルなものが目立つ。

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    たとえば、1960年代に日本へ出張した際に受け取ったのであろう調度品など。

    夫が子供のころ、好きだったという鯛の小物入れ。壽。

    着物姿の女性の絵。

    菊の御紋が上品に麗しい漆器類。

    中国製と思しき掛け軸……。

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    母方祖母が気に入っていたという、埃まみれの中国&香港製ティーセットは、段ボール箱から発掘した。

    ゴミ同然だった花器はまるで、生け花のためのようでもあり。

    数日前にショッピングに出かけた際、インテリアショップで造花を買った。活けてみるに、映える。

    何もかもが、京友禅の展示と見事に調和し、違和感なく、溶け込んでいる。

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    京友禅サリーの展示会には、伯父夫婦や、夫の従兄弟夫婦も来てくれた。わたしが、洗い上げて食器棚にきれいに並べた中国&香港製ティーセットを取り出し、お茶を出したところ、伯母が感慨深そうに言う。

    「これは、義母(夫の祖母)が、大切にしていたものなの。特別な日に使う……といいながら、結局、使われないまま。わたしは今日、初めて手にするのよ!」

    半世紀以上、使われていなかったものを、この展示会で使うのもご縁。よきものは、使ってこそ、だ。割れたら金継ぎすればいい。

    思うところ多い、今回のデリー滞在もまた。

    京友禅サリー展示会以外にも、記しておきたいことが多く、少しずつ、残そう。

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    青空広がるバンガロールを離れ、一昨日、デリーに無事到着。濃霧の影響で、フライトは2時間近く遅れた。「感染対策」ではなく「公害対策」として、マスクを着用。健康管理が最優先事項だ。

    冷え切った家にヒーターを入れ、人心地ついたあと、ロメイシュ・パパがいつもそうしていたように、ワインを取り出す。パパにとって、わたしは「飲み友」でもあったのだ。

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    わたしたちが帰郷すると、パパはいつも、片手に白ワイン、片手に赤ワインを持って、

    「美穂、どっちがいい?」と笑顔で尋ねてくれたものである。

    そんなパパを偲びつつ、まずは乾杯。

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    マルハン家に勤続30年超のドライヴァー(執事状態)のティージビールとその家族が、この家を守ってくれている。彼が買ってきてくれていた、我が好物のグースベリー(食用ほおずき)を食べる。これは、ぶどうのように束ねられたもの。冬のデリーの風物詩だ。おいしい。

    昨日は、展示会に向けての備品などを買いに出かける予定だった。しかし、まずは会場を整えてから、不足分を見出そうと気が変わった。

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    すでに到着していたマネキン・ガールズの梱包を解き、ああでもない、こうでもないと、あれこれ位置を移動させつつ、半日ほどかけて設営完了。殺風景だった部屋が、見違えるように華やかになった。

    この家は、パパが25年ほど前に改築した。それ以前は、ここにパパがダディマ(父方祖母)に贈った家があった。パパはかなりの苦労人で、晩年、病気がちだった父を支え、母を助けてきた。

    ダディマがここに一人で暮らしていたころ、隣家にはインド人に嫁いだ日本人女性が住んでいた。彼女はダディマの親友だった。そんなこともまた、ご縁である。
    4階建てのこの家の、1階は人に貸しており、2階は我々のフロア。3階は義姉夫婦。4階に義母が暮らす。この2階は、ダディマが他界して以来、15年以上、ほとんど手をかけられていなかった。

    2020年にパパが他界した直後から、少しずつ内装を整えていこうと思っていだのだが、パンデミックとなり、そのままになっていた。

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    今回、京友禅サリー展示会の会場にするには、すべてがあまりに古びていて、殺風景であることが懸念だった。ソファーカヴァーだけ、2020年2月に来訪した際に張り替えておいてよかったと思う。上の2枚の写真はそのときのものだ。

    むしろ、家が地味だからこそ、サリーの美しさが引き立つ。テーブルクロスやクッションなどを購入するつもりだったが、むしろ展示会には不要だとセッティングをしたあと実感した。

    それにしても、だ。

    京友禅の麗しさ! 

    驚くほどに、インドの古い家具にも調和する。

    多くの人に、実際に見て、触れてほしいと、改めて思う。

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    半袖で歩けるとはいえ、朝晩は冷え込むバンガロール。目覚め、庭に出れば、凛と冷たく輝く月。

    今日から10日ほど、デリーに滞在する。夫も一緒だ。昨年、わたしは京友禅サリーのプロモーターをお引き受けした。わたしの主たる活動はバンガロールが中心。他都市は別の運営で、展示会が開催されることになっていた。

    しかし諸事情あって、1月に実施すべき展示会の場所が決まらないと聞いた時、「デリーだったら、うちでできますよ」と申し出た。12月初旬、バンガロールでの展示会を終えたばかり。しかも年始の立て込む時期にもかかわらず、比較的、前のめりに。

    もちろん、少しでも多くの人に、京友禅サリーの魅力を知ってほしいとの思いはある。しかし同時に、焦る必要もない。

    諸々の予定を調整するに、実現可能な日にちは、13日と14日しかなかった。わたしは13日、先約があったものの、しかしそちらをキャンセルして、デリーに飛ぶことにした。

    京友禅サリーを着てくれるマネキン・ガールズは、年末のうちにデリーへ飛んでもらい、数日前に到着した。

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    年末年始のデリーは寒く、空気も著しく悪い。出発が間近に迫ったころになり、なぜよりによってこんな時期に、わたしは敢えてデリーに行くと自ら手を上げたのだろう。飛んで火に入る夏の虫ではないか。

    11月に行ったばかりなのに……との思いがよぎった。

    猛暑と極寒(大袈裟だが、そう感じる)の時期のデリーに行くことは、これまで敢えて避けてきた。

    2020年1月、義父のロメイシュ・パパが他界したときを除いては。

    ✈︎

    その数カ月前までは、元気だったパパが、2019年の年末、体調を崩した。デリーは例年にない寒さで、体調を崩す人が多い年だった。年明け、回復せず入院することになったパパは、そのまま天に召された。

    夫が急遽デリーに駆けつけた翌々日のことだ。わたしは、デリーに向かう途上で、訃報を聞いた。

    1月の、一連の葬儀。そして2月に再訪し、諸々の手続きや片付け……。大好きだったロメイシュ・パパの死は、あまりにも重かった。悲しみと、悔恨……。夫婦共々、相当に精神がイカれていた。

    寒かったはずなのに、寒かった記憶は薄い。一連の弔いの手続きや儀式が、スクリーンに映し出される映画のように、思い出されるばかりだ。

    インドは、その翌月3月からロックダウンに入り、以来、2年以上、わたしたちはデリーに飛ぶことはなかった。パパの死が、あと数カ月遅れていたら、看取ることができなかったと思うと、わたしたちは、見送ることができただけでも、ありがたかったとも思う。
    ✈︎
    さて、数日前のこと。目覚めて、まだ夢現の脳裏でふと、「パパの命日って……いつだったっけ?」と思い浮かんだ。

    2020年1月全体が、パパのことでいっぱいだったということもあり、命日の日付はすっかり忘れていた。急ぎ起き上がって、記録を遡ると……。

    1月13日。

    パパの命日の翌日14日は、義理の継母(夫の実母は40代で他界している)の誕生日だ。

    寝ぼけた頭で思った。これは、パパがわたしたちを、デリーに呼んでいるんだな、と。

    13日の朝は、京友禅サリー展示会の前に、プジャー(儀礼)をすることにした。そして、14日は、義母の誕生日を祝おうと思う。

    公私混同混沌と在ってこそのライフ。デリーでの10日足らずを大切に過ごそう。

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    For example, this series of art books.

    My parents bought the books just after I was born. When I was a toddler, I could not yet read. I liked to pull them out from the bottom of the bookshelf and look at them. It was Salvador Dali’s paintings that caught my attention. They were imprinted on my brain.

    When I grew up, I travelled alone by train for three months in Europe. Towards the end of my journey. From the Mediterranean coast and southern France, via the Perpignan border station, to the Pyrenees and Catalonia. I get off the train at Figueras. Wanted to see the sea at Port Lligat, so took a bus to Cadaqués.

    I walked up the hill, over the hills, and when I saw the sea, which was so often depicted in Dali’s paintings, my heart cried out.

    Everything, even the time when I was three years old and opening art books, came vividly back to me as if it were only recently.

    たとえば、この画集シリーズ。

    わたしが生まれた直後に、両親が買った。わたしが、文字がまだ読めなかった幼いころ。書棚の一番下に並んでいたそれを引っ張り出して、眺めるのが好きだった。わたしの興味を引いたのは、サルバドール・ダリの絵だった。脳裏に、刻印された。

    やがて大人になり、一人で欧州を3カ月間、列車で旅した。旅の終盤。地中海沿岸、南仏からペルピニャン国境駅を経由して、ピレネー山脈、カタルーニャへ。フィゲラスで列車を降りる。ポート・リガトの海が見たくて、バスで、カダケスへ向かった。

    坂道を歩き、丘を越え、目前に広がった、ダリに描かれた海を目にした時の心の叫び。

    何もかもが。

    3歳のころ、画集を開いていたころさえもが、つい、この間のことのように、鮮やかに思い出されるのだ。

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    [Salvador Dalí]
    The Disintegration of the Persistence of Memory
    La Gare de Perpignan

    [サルバドール・ダリ]
    記憶の固執の崩壊
    ペルピニャン駅

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    [Giorgio de Chirico]
    Mystery and Melancholy of a Street
    Gare Montparnasse (The Melancholy of Departure)

    [ジョルジョ・デ・キリコ]
    通りの神秘と憂鬱
    モンパルナス駅(出発の憂鬱)

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    [Paul Delvaux]
    Small Train Station at Night
    The Girl at the Train Station

    [ポール・デルヴォー]
    小さな駅の夜
    鉄道駅の少女

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    [René Magritte]
    The Empire of Light
    The Voice of Blood

    [ルネ・マグリット]
    光の帝国
    血の声

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    A night to melt into surrealism.

    I have been following a predetermined path since I was born.

    Orion is always looking down on you.

    “Everything has been figured out, except how to live.”(Jean-Paul Sartre)

    シュルレアリズムに溶ける夜。

    生まれた時から、定められたレールをたどり進んできた。

    空を仰げば、いつもオリオン。

    「すべての答えは出ている。どう生きるかということを除いて。」(サルトル)

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    2014年7月。白と黒の野良猫が、我が家の庭にやってきた。 猫に牛乳を与えてはいけないとは知らず、ミルクを与えた。以来、彼女はしばしば我が家に立ち寄るようになった。

    「最近、庭にネズミが出るから、駆除になっていいかもね」

    などと、猫に対する敬意は皆無で、「ネズミを追い出してくれる存在」くらいにしか思っていなかった。わたしは、子供のころ、セキセイインコを飼っていたが犬や猫に親しみはなかった。夫は犬好きだったが、猫には関心がなかった。

    にもかかわらず!

    野良猫だからNORA。と、極めて安直に命名をして何日もたたないうちから、我々の心は、彼女に奪われた。あれよあれよという間に「わたしって……猫好き?」になっていた。

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    そして、それから一年もたたぬうちに、夫が敷地内のテニスコートの排水溝で眠っていたROCKYを見つけた。あまりのかわいさに、連れて帰った。

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    その翌年。わたしは、地下駐車場で駆け回っていた、信じられないほどキュートなJACKを見つけた。出張中の夫に相談もなく連れ帰った。

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    3匹で十分だと思っていた。しかし、その数年後の雨の夜。やせ細り、目は爛れ、今にも死んでしまいそうだったCANDYを見つけ、確保せずにはいられなかった。一時的に里親になるつもりが、結局、彼女も家族になった。

    最初は猫撫で声で甘えていたNORAは、我々が住まいを提供すると知った途端、女王気質を発揮。常に高みで偉そうだ。

    ROCKYは身体は大きいものの、怖がりで甘えん坊。心臓病を患っていて、投薬なしでは生き延びられない身とは思えない元気さと食欲。誰よりもご飯を急かして、がつがつ食べる。

    ちなみに我が家の猫は半分が手作り、半分が市販の餌なのだが、手作りするようになったのは、ROCKYが不調時、手作りだけを食べてくれたからだ。猫だって、手作りがおいしい(もちろんわたしは諸々勉強をして、猫の体によい料理を作っている)。

    ポーカーフェイスで辛抱強く、狙った獲物(ネズミ、リス、ハトなど😢)は逃さない、飲まず食わずで数時間、狙える根気強さをもつJACK。

    瀕死の子猫だったことが信じられないほど、とんでもない食欲でみるみる太って大きくなり、さらには勝ち気すぎるほどに勝ち気で、姉さん兄さんに飛びかかり、皆に敬遠されているCANDY改めジャイ子。CANDYなどという甘ったるい名前をつけるんじゃなかったと思うほどの態度の大きさ。

    その「小顔デブ」っぷりは、ROCKY兄さんといい勝負。

    餌を食べる様子にも、個性はあふれる。餌のお皿を持って外にでると、瞬間からワオワオ叫んで急かすROCKY。興奮してROCKYに飛びかかるCANDY。そんな2匹を冷たい様子で眺め、まったく焦る様子のないJACK。

    さらにはその3匹を遠巻きに眺めて、「わたしは部屋で食べたいの」と主張するNORA姉さん。

    食べ方にも性格は顕著にあらわれる。ゆっくり丁寧に、咀嚼しながら味わうNORA姉さん。一方のROCKYは、ガツガツと食い散らかし、皿の周辺にもこぼしまくる。JACKは途中で食べることに飽きる。食わず嫌いもある。

    CANDYは、最近でこそゆっくり食べるようになったけれど、最初は「食いっぱぐれたら死ぬ」という幼少時の強迫観念があるせいか、とにかくガツガツしていた。

    猫らの性格が、これほどまでに、「人間味」があるとは知らなかったから、最初のころは、本当に驚いた。兄弟の力関係や態度も、1猫増えるごとに変わって来た。

    我々夫婦、猫らのお陰で、かなり楽しい日々を与えてもらっている。猫ら、今年もよろしくお願いします。

    もう久しく更新していないけれど、猫専用ブログ、だいぶ面白いです。

    😸マルハン家の4猫
    https://museindia.typepad.jp/alice/

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