インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • Ec6

    Ec1

    Ec5

    濃くも有意義な週末だった。土曜日は、「若者向けグローバル+インドライフ研修会」を実施。とても大切な経験につき、この記録は別途改めて記す。そして昨日の日曜日は、空港に近い北バンガロールの新居から車で5分ほどのところにある森(乗馬クラブの敷地)へ。

    先週の日曜日は霊山アルナーチャラの周囲を14km、ひしめき合う巡礼者に紛れて歩いていた。そして1週間後の昨日は「どこで買ったのその服?!」というような、露出度満点女子、ファンキー・ファッションの男子ら、ひしめき合う聴衆に紛れて、自然の中のミュージック・イヴェントを楽しんだ。

    コンセプトは異なれど、アクの強さは共通の、熱気あふれる人混み。これもまた、インド。

    このイヴェントのことを知ったのは、つい先日、友人のYashoを通してだった。バンガロール拠点のSwordfish Events & Entertainmentによる地球の自然環境に配慮したサステナビリティな音楽祭だ。インドをはじめとする世界各国のミュージシャンが約40組集い、土曜日曜の2日間に亘って開催された。

    Leave no trace…「イヴェント後にその痕跡を残さない」をポリシーにしたもので、会場にはペットボトルの持ち込みなども禁止されている。

    わたしたちは、まだ陽の高い午後3時ごろに会場入り。遅めのランチなどを楽しんだ後、4カ所に分かれたステージを巡回しつつ、多彩なジャンルの音楽を楽しんだ。欧米で活躍しているという日本人ミュージシャンも数名参加されており、会場を賑わせていた。

    個人的には、ニューヨークから来たジャズ・バンドの演奏を聞いた瞬間、マンハッタンが思い返されて泣けてきた。米国を離れてなお、1年とあけずに訪れていたニューヨーク。だがCOVID-19パンデミックの前年に訪れて以来、もう4年以上も米国の土を踏んでいない。

    前日の研修会で、ニューヨークでのことを話したばかりということもあり、精神的には近くなっていたニューヨークがとても遠く懐かしく思えて、しみじみと、心を揺さぶられた。

    それにしても、だ。この群衆の自由さよ!! インド移住当初から、行くところに行けば、露出度高めの女子らを目にしてきたが、ここまで一斉にという機会は滅多にない。

    目のやり場に困るほどなのだ。もちろん、写真は撮っていないので、ご想像にお任せするしかないが、みな手足が長いから、リアルなバービー人形のようなのだ。

    夫がしきりに、「インド、変わったね」「インド、変わったな〜」とつぶやく。

    ともかくは、自由で楽しい。わたしもミニスカ&腹出しで歩きたくなった(やめろ😂)

    音楽はいいなあ。しかもこんな森の中で、自然に親しみながら。特にインドの人たちは、普段から轟音ミュージック&ダンスに慣れ親しんでいるから、多様性溢れるジャンルにもすぐに溶け込んで場を盛り上げる。

    時折の小雨は、お気に入りの手拭いストール(先日友人より日本土産にいただいた)で凌げる程度。慈雨だと思えば愛おしく。

    時代は流れ、世界は変わる。しかしわたしもまた、一生、歌い踊り続けたいと思った午後だった。
    *最後のVIDEOも、ぜひご覧ください。

    🌏Echoes of Earth
    https://echoesofearth.com/

    Ec7

    Ec3

    Ec4

    Ec8

    Ec2

    Ec9

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • Ni8

    Ni9

    IMG_8556

    入山券を手に入れることができれば、山に登ることができる。

    そして、大量のギー(精製バター)に聖火が放たれる瞬間を、目の当たりにすることができるという。

    それはきっと、すさまじい迫力なのであろう。

    昨日の夕暮れは、ラマナ・マハルシのアシュラムで過ごした。

    寺院の、石の床に座して、神像がヨーグルトや牛乳で「清められる」のを眺める。

    水で漱がれ、布で拭われ、花々が飾られるのを眺める。

    焚きしめられる香木、伽藍を覆い尽くす白煙の懐かしい香り。

    いったい、いつ、どこで嗅いだ? 思い出せない。

    やがて6時が近づくと、人々は、庭にでる。

    集い集って、ひしめき合って地に座して、聖なる灯の点火を待つ。

    あたりは、アルナーチャラ賛歌の歌声に満たされる。

    孔雀が舞い飛ぶ。

    猿が飛び回る。

    十六夜の月が微笑む。

    火が灯る。

    時空が歪む。

    ※写真はアシュラムではありません(アシュラム内は撮影禁止)

    Ni1

    Ni2

    Ni6

    Ni4

    Ni5

    Ni3

    Ni7

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • SA8

    SA2

    SA2

    4泊5日の滞在を経て、まもなくバンガロールへ帰る。

    聖地といえど混沌。聖地ゆえの混沌。清濁混沌併せ飲んで轟々と渦巻く亜大陸の一片。

    今回もまた、Arunachalaの周囲を歩いた。さらには、Deepam祭りのハイライトである山頂での壮大なる点火を目の当たりにした。

    本当ならば、前回同様、山を登りたかったのだが、山頂での点火が都合10日間続くことから、今日まで登山が禁止されている。残念だが、もう十分だ。

    山の周りを歩きながら、聖なる炎を眺めながら、無数の寺院を訪れながら、しばしば合掌し、祈った。

    🚶‍♀️

    さきほど母と電話で話しつつ「14kmとは、どれくらいの距離か」をわかってもらうために調べてみた。

    福岡市の場合。「香椎」から「ももち浜」までが、ちょうど14km。

    東京の場合。「東京タワー」から「池袋」あたりまでが約14km。

    巡礼の道を、ビルケンシュトックのサンダルで、歩いた。寺院に入るたびに素足になるので、サンダルが便利なのだ。その夜は疲労困憊だったが、翌日は概ね回復していた。ビルケンシュトック、最高。

    巡礼の途中、寺院の前では、超絶の人混みに巻き込まれ、都合20分ほど「満員電車」のような状況だった。聖地巡礼で圧死する事件をよく見聞きするが、一歩間違えれば事故が起こっても不思議ではない。

    敢えて道の端を歩き、安全を確保しつつも、「わたし、こんなところで、なにやってるんだ?」との自問は絶えず。

    「自分でも、自分がわからない」ことばかりの人生。

    SA3

    SA4

    SA5

    SA6

    SA7

    SA9<br /
    SA10

  • FR5

    FR6

    カルティガイ・ディーパム(Karthigai Deepam)は、南インドのタミル・ナドゥ州において祝福される光の祭典。先日、全国的に祝福されたディワリの延長のような祝祭だ。

    ここティルヴァンナーマライでは、満月だった昨日の午後6時、霊山アルナーチャラの頂上に運び込まれた「大量のギー(精製バター)」に点火された。

    わたしたちは、民宿のオーナーの家族に誘われて屋上へ。周囲の家々もまた、ディヤと呼ばれるランプを灯し、神に捧げる。時刻が6時に近づくと、周囲の「気」が高まるのがわかる。そして6時ちょうど。曇天の雲間から炎が上がるのが見える。

    歓喜の声、花火や爆竹の轟音、法螺貝や鐘の音……。得も言われぬ、感無量のひととき。

    間近に巡礼する人々にとっては、圧倒的な迫力であろう。

    この炎は、シヴァ神の光とも見なされ、ここでの礼拝は最上のものとされるという。動画を撮影しながらも、しっかりと「肉眼で」情景を見守る。映像のクオリティは低いけれど、みなさんとも、聖なる点火を分かち合いたく、ここにシェアする。

    今日から10日ほど、毎日午後6時には、点火されるのだという。わたしたちは、明日の朝までここにいる。今夜は、雲が晴れますように。

    FR1

    FR7

    FR2

    FR8

    FR4

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • IMG_8370

    +++++++++++++++++++++++++++
    🙏この丘を巡ることはよいことだ。
    プラダクシナという言葉の
    「プラ」という文字はあらゆる罪の浄化を、
    「ダ」は望みの成就を、
    「クシ」は輪廻転生からの離脱を、
    「ナ」はジュニャーナを通しての解脱を表す。

    🙏プラダクシナは、「すべてが私の中に在る」を意味する。
    アルナーチャラの周囲を歩くことは、世界を一周するに等しい霊験がある。
    つまり、全世界がこの山の中に凝縮されているということだ。
    それゆえ、すべてが真我の中に存在するのである。
    (シュリ・バガヴァン/ラマナ・マハルシの言葉より)
    +++++++++++++++++++++++++++

    ラマナ・マハルシの教えを深く吸収しているわけではない。

    この地に強く惹かれる理由があるわけでもない。

    ましてや祝祭日の大喧騒の中、人ごみに揉まれて歩くのが好きなわけでは、当然ない。

    にも関わらず。自分でも説明のつかない衝動と経緯によって、またしても満月の日の巡礼。

    朝、6時過ぎに宿を出て、時計回りに山の周囲を歩く。ラマナ・マハルシが存命だった時代、この山麓は自然美にあふれていただろう。しかし、今は車やバイクが行き交い、風情なき道路を歩くばかりだ。心が洗われたり、魂が浄化されたりする雰囲気は皆無のその巡礼路。しかし、また歩こうと思うのは、もはや「嗜好」ではなく、「指令」だ。

    WA6

    WA9

    WA8

    WA7

    WA5

    WA2

    WA3

    WA4

    IMG_8298

    還暦までの準備期間を意識し始めてから、「降りてくる声」に耳を傾ける。自分の意識や嗜好を超えた直感。
    それは、この先を生きる上での課題であり修行であるとも思う。とはいえ、一年に3度目の14kmとはいかがなものか。

    前回は、この周回に曼荼羅を見た。

    今日は、我が人生訓の一つ「裸一貫の自分を思え」を、再認識した。ここを歩く人間、老若男女。ひとりひとりの来し方行く末、ステイタス、あるいは資産、そういうあらゆるものを虚しくする。現在だけが見える。

    布一枚を身に付けて、生涯を過ごしたラマナ・マハルシは、やはり南アフリカから帰国後の生涯を、布一枚で過ごしたマハトマ・ガンディにも強い影響を与えているという。

    持たざる者の持つ力。

    とはいえ。資本主義社会の中で生きうえには。銀行口座の残高の数字が、わたしたちの心にゆとりを与えてくれているのも事実。それは、わたしたちの、これまで積み重ねてきた努力の証ゆえ、否定するつもりはない。経済的な余裕は、未来への不安を和らげる。世のためにできることを考えるための糧にもなる。

    しかし。

    その数字を超えて、わたしが見つめるべき場所は、自分の深奥。その深遠。そのことを、教えられている。

    ともあれ、言葉にすると軽い。誤解を招きそうなほどに軽いので、この辺にしておこう。

    喧騒の、埃にまみれて14kmを歩いてこそ、肌身に感じられること。

    点を、点だけを、語るなかれ。

    世界は点と点の間に引かれる無数の線、によって構成された面。そしてその重層につき。

    WA1

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • 5Y5

    5Y11

    5Y8

    5Y2

    🙏今回の旅。ここしばらく公私共に立て込んでいたこともあり、夫が決めるまま「受け身」で訪れた。なにかしら、聖なる日と重なると聞いていたが、ヒンドゥー教にはしょっちゅう聖なる日やら大切な祝祭日があるため、あまり注意を払っていなかった。前回も我が誕生日の8月31日がスーパームーンの満月だったこともあり、大勢の巡礼者が大挙していた。

    しかし明日、満月の11月26日はそれどころではない一大祝祭日らしい。ゆえに、宿の予約も取れにくかった模様。本日移った宿は、「ホテル」ではなく「民宿」。まさにバックパッカー状態だ。夫から「安い宿しかとれなかったから」と聞いていたので、一応、自分のタオルや枕、ブランケットにシーツなどを持参しておいたのだが、大正解である。「なにやってんだか、わたし」と思いつつも、たちまちバックパッカーに戻れる自分に感心さえする。

    さて、一大祝祭日に話を戻す。明日、カルティガイ・ディーパム(Karthigai Deepam)は、ここ南インドのタミル・ナドゥ州において祝福される光の祭典で、先日、全国的に祝福されたディワリの延長とされているらしい。特にここティルヴァンナーマライで行われる祝福が最たるものだという。祝祭の背景には、さまざまな神話があるが、あまりにもややこしいので割愛。

    ともあれ、明日の夜、霊山アルナーチャラの頂上に「大量のギー(精製バター)」が運び込まれ、火が灯されるという。それはまた、シヴァ神の光とも見なされ、ここでの礼拝は最上のものとされるらしい。……なんてこったい。敬虔なヒンドゥー教徒でもないわたしが、そのような日にここに在ることの奇縁よ。

    5Y4

    5Y6

    5Y3

    🙏朝、ホテルを出てふらりと歩く。たちまち寺院に出くわす。ヒンドゥー教の三大神は「ヴィシュヌ」「シヴァ」「ブラフマー」。幾度も記しているが、このアルナーチャラ山は「シヴァ神」の聖地として知られ、山の周辺には、シヴァ神を崇める多くの寺院が点在している。

    ある寺院の前の9神の像が気になり、英語ができそうな礼拝者に声をかけ、説明を受ける。インドでは「9」といえば、宇宙を象徴するひとつでもあり。インド移住当初は、中央にルビー(太陽)、その周囲に惑星を象徴する宝石を配したNAVRATANの指輪やイヤリングを買って身につけていたのものだ。

    この9神もまた、宇宙を象徴するもので、この寺院は「シャクティ」が祀られていた。

    ヒンドゥー教、あるいはインド哲学における「宇宙の根理」とされる「シャクティ」。元来は「性的能力」を意味する女性名詞であるが、さまざまな哲学的概念を意味する言葉としても用いられてきたという。

    シャクティの残虐や凶暴を表す「ドゥルガー」や「カーリー」

    シャクティの愛情や慈悲を表す「サティ(シヴァ神の妻)」「パールヴァティー神(サティの生まれ変わりとされるシヴァ神の妻かつガネーシャの母)」

    人間関係、いや神間関係がややこしい。

    ここで祈りを捧げ、また少し歩くと今度は、どこからどう見ても「これ、相当古いよね」と思われる石の建築物に出くわす。ペンキなどが塗られているし、一瞬コンクリートにも見えるが、よく見るとすべて石。ハンピの遺跡とよく似ている。中に入り、僧侶の話を聞いたところ、やはりこの辺りでは最も古いらしく1000年以上は経っているとのこと。

    明日の祝祭を控えて、ガネーシャ神も艶やかに飾られている。向かいには、アルナーチャラ山から流れ出す水を貯めた大井戸が横たわる。

    5Y7

    5Y1

    🙏ひたすらに、手を合わせることの多い朝の散策。歩きながら思うのだ。わたしの知るインドは、氷山の一角どころか、氷山の欠片(かけら)でさえもない。わずか数百メートルにも満たぬ距離を歩くだけで、知ろうと思う衝動さえも、儚く霧散するような、圧倒的未知の世界。
    その片鱗を綴るも虚しく、今日はこのくらいにしておこう。

    [MUMBAI] わたしの指に、きらめく宇宙。NAVRATAN (2008/06/02)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/06/mumbai-7ea2.html

    ↓この地の背景に関心のある方は、このシュリー・ラマナ・マハルシのサイトをお勧めする。日本人の中には、宗教やスピリチャルに対する一定の距離感や偏見を持つ人も少なくないので、ここでは深くは触れない。夫は彼の存在を信奉している。わたしは彼の言葉をまとめた幾冊かの本をパラパラとめくり、言葉を心に刻んだ程度だが、それでも、かなり精神の在り様に影響を与えられた。さもなくば、多分バックパッカーと化してまで、ここに来なかったろう。

    5Y9

    ●シュリー・ラマナ・マハルシのホームページ(日本語)
    https://www.sriramanamaharshi.org/arunachala-hill/?lang=ja

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • ARE6

    ARE5

    The Inner Child という名のオーガニック・カフェでランチ 。アルナーチャラ山を眺めながら、この間と同じ、マッシュルームやほうれん草のクレープを注文する。とてもおいしい。
    夫は、サットサン(サンスクリット語で「真理探究の集い」の意)ヘ。わたしは一人ふらりと喧騒の街を歩く。

    ARE7

    ARE2

    足は自ずと、聖者ラマナ・マハルシのアシュラム(修行場)へ向かう。サンダルを脱いで裸足になり、中へ。前回の宿は、ここから離れたリゾートだったが、今回は歩いてすぐの場所にある。寄る辺が近いというのはいいものだ。

    アシュラムの中の寺院では、折しもダルシャン(神像や聖人との目見えること)が行われていた。石造りの伽藍は祈りの白煙に包まれて異界。さまざまな神々が、漆黒の精緻な彫刻となり具現化して在る。

    アシュラムの中では写真を撮ることはできない。ゆえに稀有な光景を、脳裏に焼き付ける。くっきりと焼き付ける。

    中庭の巨大な井戸。アルナーチャラ山から出ずる水か。

    404811146_18369333706074607_3736357546855073764_n

    ARE9

    ARE3

    アシュラムの裏には、アルナーチャラ山へ通ずる道がある。扉が閉じる5時30分まで、あと30分。少しだけ、山裾を歩いてみることにする。と、少し行った先で、石細工を売る青年がいる。聞けば先祖代々、この仕事をしているという。

    「僕は学問がないから、父からこの仕事を受け継いでいるんです」

    そういう彼の作品に、なんともいえず、心を惹かれる。4種類の大理石を使っての置物など。アルナーチャラ山に「オウム(AUM/宇宙のはじまりの音。聖音。仏教では阿吽)」の文字が記されている。

    ARE4

    茶色い石は自分のために。黒い石は夫のために。彼に「オウム」を彫ってもらう。……と、目に飛び込んできたナタラージャ (Naṭarāja)。踊るシヴァ神。これまで何度か、大きめのものを買おうと思っていたのだが、ご縁がなかった。

    創造に連なる破壊の神……。ヒンドゥー教の宇宙の深淵が底なしで、わたしにはよくわからない。

    地・水・火・風・空……。五大元素の象徴でもあるというナタラージャ。

    創造の音、神の声を鳴らす太鼓を持つ手。

    破壊と創造を象徴する火を載せた手。

    困難を退け祝福を示す手。

    あるいは閉塞を示す手。

    解放と解脱を想起させる左足。

    無知と邪悪の象徴である悪魔を踏みつぶす右足。

    時間とリズムの輪廻……。包摂する意味が多すぎるお姿につき。

    手の上に載るほどの小さなナタラージャが、むしろ愛らしくて、買った。

    ARE8

    ARE10

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ

  • Ar1

    Ar8

    Ar7

    シヴァ神の聖地。ラマナ・マハルシの地。ヴォルテックス。パワースポット。

    今年の8月31日。わが誕生日の前後5日間を、ここで過ごした。

    霊山の周囲14kmを、2周も歩いた。それは衝動だった。そしてライフに曼荼羅を見た。

    あれから3カ月と置かず、ここへ来ることに。

    すべては2020年1月、義父ロメイシュの他界が端緒。

    夫の精神的変化がたどった道の上。

    わたしにとっても違和感もなく、それもこれも、定められし道の上にて。

    Ar9

    Ar9

    明日から数日、なにかしらの聖なる行事があるとのことで、宿はどこもいっぱい。

    今日は1日、ここに泊まり、明日、少しよさげなところに移動するらしい。

    夫は到着するなり、ラマナ・マハルシのアシュラムへと出かけた。

    わたしは、ひとりのんびりとしたい。

    しかしね。ここもそんなに、悪くない。

    キッチンもあり、清潔で広い。

    それよりなにより、机の場所がいい。木々の向こうにアルナーチャラ山が見える。

    むしろ、このラグジュリアスとは言い難い旅が懐かしい。

    持参したコーヒーパウダーとストレイナーでコーヒーを淹れる。

    しあわせ。

    今から29年前、ヨーロッパを3カ月間、鉄道旅したことを思い出す。行き当たりばったりの流浪の旅。

    イタリアはアッシジの、忘れ得ぬ修道院の宿。

    ネットの海に潜り込めば、すぐにも掬い上げられる古い写真。

    20年ほどまえに、ポジティヴフィルムをスキャンして、アップロードしておいたもの。

    画像の粗さが、むしろいい。

    あの丘の風に、また吹かれたい。

    Ar6

    Ar6

    Ar10

    Ar5

    Ar5

    🧳8月のアルナーチャラ旅の記録。この地の背景などを記している。
    https://museindia.typepad.jp/2023/arunachala-%E8%81%96%E5%9C%B0%E6%97%85/

  • Kimono_Saree2023_JP.001

    Kimono_Saree2023_JP.001
    ~旅するテキスタイル~

    着物とサリーの比較展示会 開催の背景

    ◉「着物」よりも「サリー」に親しんできた過去20年

    わたしが初めてサリーを着たのは、2001年、デリーで結婚式を挙げた時だ。以来、インドのテキスタイル世界に魅了され、これまで無数の布に触れ合ってきた。各地の伝統的な職人技を反映するサリーは、インドの深い歴史、広い国土、そして多様性を象徴するかのようだ。

    1500年以上前にインドで誕生した絞りや絣、また日本で「インド更紗」と呼ばれる染めの技術は、大陸や海を経由して、極東の島国日本へもたらされた。日本特有の風土や気質によって育まれ、究極の芸術品として昇華したものも少なくない。

    Kimono_Saree2023_JP.003

    Kimono_Saree2023_JP.004

    ◉一時帰国の日本で呉服店を訪れ、着物の美しさに開眼

    わたしは、ほとんど「着物」を着たことがない。しかし先月、一時帰国の直前に「浴衣」を着る機会があった。その日、友人から浴衣を褒められ、うれしくなった。浴衣を1枚しか持っていなかったので、日本で買おうと計画した。しかし季節は秋。浴衣を売っている店が見つからなかった。

    そんなある日、故郷の福岡にある中古着物の販売店に入った。きれいに並べられた着物や帯、そして帯締め、帯揚げなど……。目に飛び込んでくるすべてに、目を奪われた。

    実はわたしは、2022年度、京友禅サリーのプロモーターを務めたことから、京友禅の背景を調べた。日本の着物事情についても、少なからず知ってはいたが、多くの着物や帯を一度に眺めるのは初めてのことだった。
    このとき、わたしは、インドでサリーを選ぶときに培った「審美眼」が、着物を見る目をも養っていたことに気がついたのだった。

    ◉二束三文で売られるか、廃棄される、高級着物や帯……

    日本における着物文化の最盛期は、高度経済成長期の1975年ごろとされている。当時の着物市場は2兆円に達していたが、以降、衰退の一途をたどり、現在は9分の1ほどに縮小しているとのこと。

    日本の風土を反映した天然の素材を用い、熟練の職人が一つ一つ丁寧に作り上げてきた着物や帯。歳月を重ねて色褪せない、芸術作品のようなそれらが、オークションサイトやリサイクル店で、信じがたい廉価で売られている。いや、売られるのであれば、まだましだ。行き場をなくした大量の着物や帯は、日々「廃棄処分」されているという。

    ◉母のクローゼットで半世紀、眠り続けていた着物や帯を発掘!!

    中古ながらも新品同様の着物や帯を廉価で購入したわたしは、重い紙袋を両手に携えて帰宅し、母に見せた。すると母曰く、

    「そういえば、あのクローゼットのスーツケースに、昔の着物と帯が入ってるよ」

    母の着物姿は、わたしが子どものころに何回か見たきり。引っ越しのときに処分したのだろうと思っていた。しかし、その古いスーツケースを開き、たとう紙(呉服を包む専用の紙)を開いたところ……。

    「オーマイガー!!」

    スーツケースはまさに、宝箱だった。

    絞りや絣、京友禅の着物や羽織、西陣織や博多織の帯……。半世紀も眠ったままだったそれらの大半が、袖を通されていなかったこともあり、染み一つない。仕付け糸がついたままの着物などは、つい最近、買ったばかりだと言われても違和感がない。

    わたしは夢中で、次々にたとう紙を開き、感嘆の声を上げ続けた。

    実家の着物をインドへ発送する手続きをすませ、わたしは日本の旅を続けた。名古屋では絞り染めの故郷である有松を訪れた。また東京では銀座の呉服店や草履店、着物展示会へも足を運んだ。呉服に関わる人々と言葉を交わし、短期間ながらも多くを学んだ。

    ◉たとえわずかでも、着物を救え! インドで着物を紹介したい

    インドもまた、欧米のファッションの流行により、サリーを着用する人が減少してきた。しかし一方で、伝統的な手工芸を尊び、次世代へ継承しようという動きもある。わたしの親しいインドの友人たちのなかには、積極的な活動を続ける人も少なくない。

    また、日本のライフスタイルや伝統文化に対しても、強い関心を示すインドの友人はとても多い。そんな人たちに、この着物を見て欲しいと強く思ったことから、この展示会を企画した。

    日本から持ち帰った着物や羽織、帯などと共に、同じ技法で創られたサリーを並べて展示する。日本とインド、両国の「縁」を視覚的に捉えてもらうために。今回は、自宅での小規模な催しだが、将来、積極的に続ける予定だ。

    熟練の技術を持つ職人たちの芸術的な作品が打ち捨てられている現実を知った以上、看過するのは難しい。少しずつでも買い集め、他のテキスタイルアイテムにアップサイクルする方法を模索するなど、着物や帯を蘇らせる一助になりたいと考えているところだ。

    2023年11月22日
    坂田マルハン美穂

    Kimono_Saree2023_JP.007

    Kimono_Saree2023_JP.008

    Kimono_Saree2023_JP.009

    にほんブログ村 海外生活ブログ インド情報へ