インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    今夜、日本時間の午後9時より、NHKスペシャルにて、「インド」が報道される。

    「今月、人口が世界一となったとされるインド。政府が整備したデジタル・プラットフォームを推進力に急成長、ユニコーン企業が次々と誕生している。その技術は今、アフリカなどグローバル・サウスの国々に広がり始め、インドの存在感を高めることにつながっている。そしてモディ首相は、ロシアとの結びつき保ちながらアメリカとも協力を深め、したたかに実利を得ている。独自の技術と外交で台頭する、インドの“衝撃”を伝える。」(番組サイトより引用)

    先日も記したが、2007年と2008年の2回に亘って放送された『インドの衝撃』シリーズは、非常に印象深い番組だった。視聴後の所感もブログに残している。なにしろ15年前につき、現在とは経験値も感想も異なるが、関心のある方にはお読みいただきたい(最下部にリンクあり)。

    ■2007年1月放送分
    第1回 わき上がる頭脳パワー
    第2回 11億の消費パワー
    第3回 台頭する政治大国

    ■2008年7月放送分
    第1回 「貧困層」を狙え
    第2回 上陸 インド流ビジネス~日本を狙う「製薬大国」~
    第3回 「世界の頭脳」印僑パワーを呼び戻せ

    番組放送後、文藝春秋から出版された書籍2冊(『インドの衝撃』2007年/『続・インドの衝撃』2009年)もまた、とても勉強になった。当時、”BRICs”をキーワードに、インド・ビジネスが注目を集めていたことから、日本でも多くのインドビジネス書が発行された。玉石混交の書籍の中で、しかし、この2冊は秀逸だった。

    わたしは上記の上下刊、及びDVDも持っていたのだが、どなたか駐在員にお貸したのを最後に、返却されぬまま。大切な書籍は貸し出すまいと思いつつ、調子よく貸し出して、同じ失敗を繰り返しす自分に嫌気がさす。

    そんなぼやきはさておき、今回の番組。実は数カ月前、番組制作のディレクター氏が拙宅を来訪された。夫も交えつつ、数時間に亘り、わたしたちが知り得るさまざまな情報を提供した。わたしたちが番組に出るわけではないが、何らかの形で、制作に貢献できていれば幸いだ。

    インドでは多分、見ることができないが、近々、なんとかして視聴したいものである。

    [NHK SPECIAL] 混迷の世紀 第10回 台頭する“第3極” インドの衝撃を追う
    https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/M7P7JV6G9X/?fbclid=IwAR3og786fTApDcZAFwGRI6fgWCJ6qUSh3NYaGfICtheZzdlaYSIzrv8adpk

    NHKスペシャル『インドの衝撃』を観て思うことたっぷり。(インド百景ブログ 2008/10/22)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/10/post-bbc4.html

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    Eコマース界隈の急伸と、昔ながらの宅配サーヴィスの進化に伴い、食料品の調達が便利になった昨今。オンラインのスーパーマーケット、BigBasket.comを初めて利用したのは2014年。以来、内容は拡充し、試行錯誤を経て利便性は高まっている。とあるイヴェントで、CEO夫妻と話をしたことがあるが、そのコンセプトにも感銘を受けた。

    今、読み返したら、興味深い内容だと再認識。このとき、日本のソフトバンク、孫正義氏が多大なる投資をしたことでも知られるインドの配車サーヴィス「Ola」のCEOの話も聞いた。参考までにシェアしておく。

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    ◉経験を生かして「問題解決」を目指した結果。経験がないからこそ「リスク」を恐れなかった結果。(2019/02/08)
    https://museindia.typepad.jp/2019/2019/02/bbola.html

    冒頭から話が逸れた。

    そのBigBasketが、COVID-19のロックダウン下で、新たなサーヴィスを開始した。スマートフォンにダウンロードしたアプリから注文できるBBdailyというもので、夜の10時までに注文したら、朝8時ごろまでに、玄関先まで配達してくれるというもの。最初は牛乳やヨーグルトなどの乳製品だけだったが、気づいたら、野菜に果物と次々に選択肢が増え、今や、スーパーマーケット状態。便利である。

    さらには、以前も記した通り、週末はNamdhari’sが、店ごとアパートメント・コンプレックスまで来てくれる。Namdhari’sとは、2000年、スィク教徒によってバンガロールに創業されたヴェジタリアンの食材のみを扱うグローサリーストア。母体は野菜や果物の「種」の会社で、欧米、東南アジア、日本にも種子を輸出している。

    バンガロール郊外にある自社の直営農場では、オーガニックではないものの、安全な野菜を生産。果物などは、海外からの輸入品も販売している。その他、穀物や乳製品、調味料、菓子類、日用消費財なども揃う。完全にヴェジタリアン向けのため、卵は置いていない。

    このNamdhari’s、旧居には土曜日、新居には日曜日、店を開いてくれることから、外出せずとも気軽に購入できるのが便利。先ほど、フルーツ大好きな夫が、自ら買い物カゴを下げて購入してきた果物などを、きれいに洗って冷蔵庫に納めた。

    ちなみに2枚目の加熱して食べる種のバナナは、数日前にBBdailyで購入していたもの。輪切りにして蒸して食べるのもおいしいが、今日は軽くバターで焼いてみた。するともう、これが旨味たっぷり、甘さのなかにほんのり酸味があり、極めておいしく出来上がった。このバナナでパンケーキを作るのもいいかもしれない。

    BigBasketでは、商品の特徴や効能、調理法なども記されており、極めて実践的。このバナナはケララ州原産で、栄養価が非常に高く、妊婦さんやアスリートにもお勧めだという。ヴァイタミンC, B6やカリウムなどを含有し、免疫力を高め、骨を強し、消化を促進するなど、非常に「よさげ」だ。

    マンゴーのシーズンはそろそろ終わるが、今はジャックフルーツもおいしい。黄色い実の部分だけが売られているが、全体像は巨大な緑色のトゲトゲした果実。友人宅の庭になっていた写真を発掘したので載せておく。

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    日本語では波羅蜜(パラミツ)と、仏教的な響きの名を持つこの果実もまた、栄養価が高くさまざまな効能がある。このまま食しても、独特の歯応えと甘味がおいしいが、チップスなども売られている。また、加熱調理し、惣菜として出されることもある。

    そして今の時期、わたしが果実のなかで一番好きな「マンゴスティン」が食べられるのも幸せ。当たり外れはあるものの、わたしはマンゴーもさることながら、マンゴスティンが果物の女王だと思っている。

    ……と、果物ひとつをとっても、話が尽きぬ。新居の外庭の使い方をまだ考えていないのだが、やはり一部は果樹園にするべきか。ハーブ園にしたい、いや、日本庭園……? いやいやヤギや鶏を飼育したい……などと、未だに方向性が見えていないが、果樹園。いいかもしれない。

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    日本に住んでいた20代のころまでは、「ごはんと味噌汁」を食べずにいても、特に問題はなかった。むしろ日本料理を食べることの方が少なかったし、長期出張中なども、特に日本食が恋しくなることはなかった。

    しかし、年を重ねるごとに、嗜好は変化する。それまで特に好きではなかった味噌汁を「おいしい」と感じるようになったのは30代後半になってからだった。40代でインドに移住してからは、簡単に手に入らないという現実も手伝ってか、日本米や味噌を重宝するようになった。

    長い旅行の後、久しぶりに帰宅して用意するのは日本米と味噌汁。インド人の夫でさえも、「やっぱり、家のご飯は落ち着くねえ」などという。だいぶ、間違っている😅

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    我が夫のケースはさておき、年を重ねるにつけて、生まれ育った国の基本的な食事が、身体に合うことを実感するように思う。特に顕著なのは「病み上がり」。体調が悪いときの炊き立てご飯や味噌汁、あるいはおにぎりが、どれだけおいしいか。

    さて。先に写真をご覧になった方は、一部、雑というかダイナミックな盛り付けに驚かれたかもしれぬ。新鮮な豆腐を手に入れにくいから、夫の好物でもある高野豆腐(大きいのを齧るのもおいしい)は常備。これらは最近の、朝食や昼食の写真だ。無論、毎日、日本米を炊くわけではないが、頻度は増えた。なお「谷藤米」は、インドで作られている日本米で、最近のお気に入りだ。

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    ミューズ・リンクス(坂田のビジネス部門)では、過去10年以上に、不定期ながらも多様なセミナー(インド・ライフスタイルセミナー)を実施している。中でも『インドでの食生活と健康管理』は、開催頻度も高く、最優先してきた。なお、文化や歴史、日印関係などを伝える「パラレルワールドが共在するインドを紐解く/必修編」は、ロックダウンのころ、オンラインで実施し、それを編集してYoutubeにアップロードしている。

    それらも大切だが、インドに「暮らし働く」人たちには、何をおいても健康管理が最優先だ。元気でなければ、仕事どころか、生きていくことさえ辛い。

    バンガロールの食生活は、10年前と比べると、雲泥の差で便利になり、選択肢も増えた。情報源を確保し工夫すれば、健康的な食生活を実現できる。しかし、日本の利便性を優先した食生活に馴染んでいる人にとっては、暮らしのハードルは高いようだ。

    結果、日本から持ち込んだ大量のインスタント食品を常時、食べ続けることになる。かつてミューズ・クリエイションのメンバーには、折に触れて伝えてきた。「極力、新鮮な料理を作りましょう」と。料理の得手不得手はあるにせよ、最低限の自炊をするか否かで、ライフの質は大きく変わる。

    日本での仕事を辞めて帯同した女性たちの中には、「専業主婦になる」ということ自体に違和感を覚える人が少なくなかった。家事や料理をすることにも抵抗感を覚える気持ちは、わからないでもない。

    しかし。人生はチームワーク。異郷の地で就労できない以上、家族の命を健康に保つための食生活管理部門は、帯同の妻が担うのが賢明だと考える。タフな労働環境のもとで働く夫や、慣れない学校に通う子どもたちのためにも、滋養のある食事を作ることが、妻の重要なミッションだと思うのだ。

    単身赴任者が体調を壊し、精神的にも参っている様子を、これまで無数、見てきた。諸悪の根源が「インド」のせいになっているが、いや、自分の心身を守るのは、自分の責任でもある。日本人の多くはハードワークで睡眠不足、ストレスを溜めがちだ。そして気軽に市販薬を飲みすぎる。……だめだ、話がどんどん長くなってくるので、一時停止。

    最低でも、元気が出ない時こそ、「ご飯と味噌汁」を食べよう、という話である。インドでも、米や味噌は手に入る。味噌汁に野菜や卵を入れれば、一汁一菜、それで十分。インドはまた、米の種類も豊かな国。パサパサとした長粒米は、焼き飯やパエリア風など、炒めるとおいしさが際立つ。また北東インドのブラックライスは、もっちり餅米のようで味わいもよく、栄養価も高い。多めの水に長時間浸して、炊く必要があるが、お勧めだ。

    このごろは、書き残したいテーマが多すぎて、日頃の食生活の記録がおざなりになっているので、「米と味噌汁」の記録写真をまとめて載せつつ、関連リンクも貼っておく。ちなみに、たまたまダイエット関連のことを書くために撮っておいたタンパク質豊富な鶏肉料理の写真も載せておく。インドの鶏肉は美味。骨つきの肉をスープにしつつ、一石二鳥な簡単料理についても、後日記そうと思う。

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    なお来月中旬、久々に『インドでの食生活と健康管理』のリアルなセミナーも実施する予定(@ヤラハンカ宅)。後日、詳細を告知する予定だが、関心のある方はあらかじめ、お知らせください。

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    ◉ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~(食の記録専用のブログ)
    食生活の記録@インド/アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味する。
    https://museindia.typepad.jp/eat

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    先週、デリー近郊の新興都市、グルガオンで日本式の鍼灸治療院「ありあけ堂」を経営しているJUNKOさんからメッセージが届いた。ソーシャルメディアを通して、お互いの存在は知ってはいたが、今回、初めて言葉を交わすことになった。彼女曰く、近々バンガロールでも鍼灸のサーヴィスを考えていらっしゃるとのこと。

    今回、バンガロールへ出張されるということで、ヤラハンカの新居にお招きしたのだった。日本で鍼灸師の国家資格(然るべき養成施設で3年以上の勉強が必要)を取得されたスタッフのKEIさんもご一緒だ。

    互いの自己紹介に始まり、現在に至る経緯などをお聞きするうちにも、瞬く間に時間は流れる。生きる上においては、「食生活と健康管理」がいかに大切かを3人して力強く、語り合う。孤軍奮闘が一般的な海外生活においては尚更だ。

    どんなにすばらしいビジネスプランを携えていても、どんなに夢や希望を描いていても、元気でなければ仕事はできない。食品添加物がたっぷりの「工業製品」ばかり食べていたのでは、心身の健康を保つのは困難だ。そのことは、我が半生、身を以って経験してきたからこそ力説する。

    ところで、写真のチーズケーキは、日本人、インド人問わず人気のお気に入り。バンガロール発のチョコレートブランドBlissから誕生したショコラティエ「SMOOR」のケーキのひとつだ。これもフードデリヴァリーサーヴィスのSWIGGYで注文すれば、20分程度で届けてくれる。

    これまで何度も注文したが、毎回、クリームの一部が潰れているなど見た目は不完全であった。ゆえに、フルーツをトッピングして誤魔化していたが、昨日は完璧な状態で届いたため、記念撮影。挽きたてのコーヒー豆、Monsoon Malabarと共に味わえば、よりいっそう幸せだ。

    ☕️

    昨日は、KEIさんの施術により、鍼灸を体験させていただいた。時折、記しているが、わたしは中学時代にバスケットボールで腰を痛めて以来、社会人になってからも慢性的な腰痛に悩まされていた。日本在住には整体のお世話にもなった。ニューヨークに移住してからは、カイロプラクティックに通うこともあったが、痛みは年々、増すばかり。

    特にニューヨークやワシントンD.C.の冬は冷え込むことから、ギックリ腰の頻度が増え、回復にも時間がかかっていた。30代の終わりごろには、坐骨神経痛も発症したことから、ワシントンD.C.では中国人の鍼灸医のもとに通っていた。移住直前、数カ月暮らしたカリフォルニア州のベイエリア、サニーヴェールでも、台湾人の鍼灸医のお世話になった。

    最終的には、インドに移住してアーユルヴェーダのオイルマッサージを受けたことで、我が腰痛はかなり改善。ギックリ腰やひどい腰痛に悩まされることもなくなった。しかしながら、このところ、アーユルヴェーダのトリートメントを受けておらず、仙骨あたりの凝りが気になっていた。

    KEIさんの施術は、とてもやさしく丁寧で、鍼の痛みを感じることはほとんどない。部位によって、少しチクッとする程度。しかし、痛みのある部分は、ズンと重く、軽い疼痛を感じる。一方、鍼と同時に施されるお灸は、右半身の方が熱さを感じない。これは熱さを感じない方が問題があるようだ。

    身体の裏面の施術のあと、表面の顔や頭にも鍼を施してもらう。

    ベイエリア在住時、近所の鍼灸院から夫が帰宅した際、昆虫の触覚の如く、額に鍼を1本残したまま帰ってきたことを思い出して、笑いが込み上げる。確かに夜だったし、鍼は細いし、見えづらかったのだと思うが……本人、気づけよ! と18年前の出来事を回想しつつ、肩を震わせた。

    KEIさん曰く、わたしは顎からエラにかけての部分が、かなり凝っているとのこと。そうなのだ。わたしは歯軋りもしているようなのだ。昔から「歯を食い縛りがち」らしい。リラックスしよう、落ち着こうと思ってはいるのだが、こればかりは睡眠中につき、コントロールが難しく、奥歯もかなりダメージを受けてきた。ゆえに昨今は、マウスピースをつけて寝ている。

    わたしは、鍼灸のツボの、基本的な知識は持ち合わせていたが、久しぶりにそれを体験することで、改めて「古(いにしえ)の叡智」に思いを馳せた。鍼のコンセプトは古代に発祥したとの記述もあるし、少なくとも数千年の歴史を持つようだ。それはアーユルヴェーダも同様である。

    なるたけ薬に頼らず、食生活と生活習慣で、心身の健康を保ちたいと改めて思うのだった。

    ちなみに今朝は、ゆっくり眠れたせいか、目覚めがすっきりだった。睡眠は、質が大切。睡眠時間は毎日、7〜8時間と十分にとっているつもりだが、夜中に目覚めるなど、熟睡できているとは言い難い。今後、また鍼のお世話になろうと思う。

    🇮🇳ありあけ堂鍼灸治療院
    https://www.ariake-do.com/

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    今朝は月に一度のFM熊本ラジオの収録日につき6時起床。193回目の今回は、インドのジュエリーを語った。日曜日に参加したパーティで久々にジュエリーをじっくり眺めたことから、この話題に決めたのだった。

    ♦︎ 150年以上の歴史を持つバンガロールの老舗ジュエリーショップ、C. KRISHNIAH CHETTY。同店が「クリスタル・ミュージアム」をオープンしたことを記念してパーティが開かれた。わたしは、オーナー夫妻と知り合いだということもあり、すでに去年から何度か訪問し、記録にも残している。
    ミュージアムには、マイソール藩のマハラジャ一族や、英国統治時代、英国名家のために創った貴金属類のレプリカほか、インドにおける宝飾品の歴史を学べるさまざまが展示されている。

    オーナー夫妻が、宝石学の専門家でもあることから、アカデミックな見地での継承も重視。ミュージアムの一隅には、宝石学に関する多彩な書籍が所蔵されたライブラリもある。なお、ミュージアムの名に冠されている「クリスタル」。ここで意図されているクリスタルとは、ガラスなどの人工物ではなく、あくまでも天然自然、地球が生み出した「鉱物」としてのクリスタルだとのことだ。

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    ♦︎ パーティで行われたトークや、150周年を記念して刊行された分厚くも充実したコーヒーテーブル・ブックの内容についても言及したいところだが、尽きない。
    会場では、同店のジュエリーを身につけた4組のカップル(モデルたち)が華やぎを添えていた。店舗で展示品を見るよりも、遥かに臨場感がある。結婚式の新郎新婦を演じる彼ら。ちなみに南インドの結婚式では、石よりも「金(ゴールド)」が目立つ。ネックレスだけでなく、チャンピオン・ベルトのような金ベルトも特徴的だ。

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    ♦︎ クリスタルの中でも、ダイヤモンド、サファイア、エメラルド、ルビーの4つは、「貴石(プレシャス・ストーン)」と呼ばれ、希少価値が高く、一般に高価だ。一方、アメジストやラピスラズリ、ローズクオーツ、トパーズなどは「半貴石(セミプレシャス・ストーン」と呼ばれ、希少性は低く、値段も貴石よりは手頃である。
    インドにおけるジュエリーの歴史は古く、深く、厚く、熱い。たとえば、アジャンター石窟群の仏教遺跡の絵画を見るだけでも、インド亜大陸の人々が、数千年前から豪奢な宝飾品や、艶やかな衣類に親しんでいたことが一目瞭然だ。

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    ♦︎ かつてインドは、ダイヤモンドの唯一の産出国だった。欧州列強や英国がインドに侵攻した際には、無数の宝飾品が持ち出された。その後、ダイヤモンドの産出国は、ブラジル、アフリカ、ロシア……と他国へと移行、インドではあまり採掘されていないようだ。しかし「ダイヤモンドの研磨産業」は、今でもインドのグジャラート州スーラトが世界の約9割を担う中心地である。

    なお、インドでは古くからカットされていない粗削りの「ラフ・ダイヤモンド (Rough Diamond)」を、目いっぱい施したジュエリーも一般的。写真のモデルたちが身につけているガラスっぽい石は、すべて「ラフ・ダイヤモンド」だ。

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    ♦︎ クリスタルが施された宝飾品は、富や名声の象徴にとどまらぬ、地球のパワーを享受してくれるものであり、神々を象徴する一面もある。先祖代々から継承されるそれは、自分の出自を具現化するものでもある。紙幣が単なる紙になる可能性がある世界において、ゴールドや貴金属は普遍の価値を持つものとしても重宝されてきた。

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    ♦︎ たとえば、インドは1947年にインド(ヒンドゥー教国家)とパキスタン(イスラム教国家)が分離して独立したが、その際、イスラム教徒とヒンドゥー教徒の大移動が起こった。最低限の荷物のみを所持しての民族大移動の際において、宝飾品は非常に大事な存在だった。新天地で、手持ちの財宝を売り、生計を立てたという話は、当時、極めて一般的だった。

    ちなみに、わたしが2001年に結婚した際、アルヴィンドの亡母が身につけていた22金のネックレスとバングルを譲り受けた。これらは彼女が母親から受け継いだもので、少なくとも100年以上前のものだ。すなわち、印パ分離独立時、夫の母方の祖先が暮らしていたパキスタンのラホールから、遥々、持ち出されたものである。わたしは身体が大きい割に手が小さいので、この比較的小振りのバングルがぴったりだった。それを日本人のわたしが継承する縁(えにし)を思う。

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    ♦︎ 宝石はまた、占星術との深いつながりもある。この話もまた語るに長くなるので個人的な話にとどめる。わたしの誕生石は、知性を司るのがエメラルド、感情を司るのが天然真珠だ。これは生年月日時間、誕生した場所の経度緯度から割り出される。

    夫の父方の祖母(ダディマ)が他界した際、形見にとネックレスとイアリングのセットを受け継いだ。奇しくもそれはエメラルドと真珠だった。わたしはインドに嫁ぐべくして嫁いだのだなと思わされる出来事だった。

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    🍛パーティで出された南インド料理、とてもおいしかった。

    ◉バンガロールの老舗ジュエリー店で、宝石の歴史を辿る。(2022/10/05)
    https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/10/crystal.html

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    Farm10

    バンガロール北部、空港へ向かう途中の田園地帯にあるFarmlore。2020年に開業したこの店には、昨年8月の我が誕生日と、大晦日の2回訪れた。長閑な環境の中で、「食のエンターテインメント」を心ゆくまで楽しめる、とてもすてきな場所だ。

    先週の土曜日、デリーから出張中の男性2名とランチを共にすべく、久しぶりに訪れた。

    Kyodo News(共同通信)のジャーナリスト、高司氏とAshish。高司氏は、半年前にデリー宅で『京友禅サリー展示会』を開催した際、取材に来てくださった。その後、オンラインで追加取材を受け、記事にしていただいた。高司氏が配信した記事は、いくつかのメディアに取り上げられたようで、そのうちの一つも送っていただいていた。

    Ashishは、2008年から同社に勤務されているということで、もちろん訪日の経験もあり。こうなるともう、話が盛り上がらないはずもなく……! 料理を楽しみつつ、会話も尽きず。12時30分の開店を待たず、一番最初に店に到着していたにも関わらず、「まかない」が準備され始めた3時過ぎまで、贅沢なランチタイムを過ごしたのだった。

    実は高司氏。デリーでお会いした際は、こちらが取材をお受けする側だったので、京友禅サリーについてご説明したのだが、わたしもいつもの習慣で、彼のバックグラウンドなどもお尋ねした。すると、ご出身が福岡だという。福岡のどちらですかと尋ねると、東区だという。え? 東区のどちらですかと尋ねると……多々良だという。

    多々良……! 名島の実家から徒歩圏内の隣町である。実はその日、やはり偶然にも、福岡市出身の駐在員ご夫妻が来訪されて会話が盛り上がり、結局、みなさんとデリー宅でワインを開け、スナックを食べ、最後には夕飯も一緒に楽しんだのだった。思い返すに、かなりユニークな夜だった。

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    さて、肝心のFarmlore。概要だけ、簡単に記しておく。過去の記録に詳細を残しているので、関心のある方には、ぜひ下記のリンクにも目を通していただきたい。

    バンガロール出身のオーナー、そしてチェンナイ出身の若き3人のシェフがキッチンを仕切る。ヘッドシェフは、コペンハーゲンの名店Noma(ノーマ)でインターンの経験がある女性、Mythrayie。男性シェフらはそれぞれ、スウェーデンやマレーシアのレストランで働いた経験もある。

    Farmloreでは、「地産地消」「伝統的な食文化への敬意」「大地との繋がり」をコンセプトに、創造性を駆使した実験的な料理を提供している。自然農法に基づいた食材選びに始まり、環境に配慮したキッチンや店舗の構成。発電はソーラーパネルによって自給自足され、併設の水耕栽培ファームで育まれた新鮮な野菜が用いられる。

    店は完全予約/前払い制。グループは6人まで。子どもは12歳以上。料理は「シェフにお任せ」で、平日ランチは5コース、ディナーは10コース。ノンヴェジタリアンも、さまざまな食材が用いられるので、あらかじめ食べられない食材は申し出ておく必要がある。

    中でも鍵となるのは、マンゴー。このファームはマンゴーの森の只中にあり、その恩恵を受けていることをつぶさに感じられる。釜の燃料も、燻製に使う木も、数種類のマンゴーだ。

    料理を供するたびに、シェフやスタッフが、丁寧に食材などを説明してくれる。この店もそうだし、ムンバイの名店、Masqueもそうだが、この実験的なキッチンは、かつてスペインのカタルーニャ地方にあった世界的に有名な前衛的レストラン、「エル・ブリ(エル・ブジ)」の流れを継承している。

    わたしたち夫婦は、2016年にバルセロナを旅した際、エル・ブリで腕を振るっていたシェフらが創業した「Dis Fru Tar(ディスフルタール)」で食事を楽しんだ。

    そのときの様子なども、過去の記録にリンクを残しているので、関心のある方がご覧いただければと思う。書きたいことは尽きぬが、毎回、長くなりすぎるので、この辺にしておく。

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    🍴……と思ったが、やはり料理の写真を見るに、料理について触れずにはいられない。今回、感動した味覚の一つは、ケララから独自のルートで直送される牡蠣。わたしの好きな「海苔のような風味」がある牡蠣で、謎めいたソースとの相性が抜群。その他、ダックや白身魚、ロブスターなども出されたが、トビコのソースがかかったロブスターが、殊のほか、おいしかった。

    🐜店を出て、農道を歩いている時、赤い蟻を見つけたAshishが、「トッピングの蟻って、これかな?」という。「え? なに? 蟻?!」……何言ってんの? 的な反応をする高司氏とわたしに、Ashishは、写真を拡大して見せる。

    カラメルのようなトッピングだと思っていたが……蟻だった!! (2枚目の写真の左奥、クリームの上)

    その後、Ashishは、シェフにWhatsAppで蟻を使う理由を尋ねたところ、カルナータカ州のクールグ(コーヒー豆の産地でもある)では、赤い蟻をチャトゥネにして食べる文化があるという。亜鉛を含んでいるほか、マンゴーの木から得た柑橘の酸味もあるという。
    まったく気づかずに、ハフッと食べてしまったよ😅

    🍷従来、アルコールは持参だったが、今回はワイン提供のライセンスを取得されたとのことで、店で注文できるようになっていた。ゆえに、持ち込みはできない。念のため。

    🍚ところで、最後のオープンキッチンの写真は「まかない」の図。非常に、おいしそう。前回も記したが、おいしい「まかない」を出す店は、いい店だ。若い頃、複数の飲食店でアルバイトをした経験のある者として、力説する。

    🥭大晦日はFarmloreで、至福の10コースランチを楽しむ。2022/12/31 
    https://museindia.typepad.jp/eat/2022/12/farmlore.html

    🥭Double Happinessな2022年8月31日①我が誕生日 2022/08/31 
    https://museindia.typepad.jp/eat/2022/08/farmlore.html

    🇪🇸[Barcelona 10] 五感と五味を刺激せよ! 未知の味覚世界へ。2016/10/08
    https://museindia.typepad.jp/_2016/2016/10/barcelona10.html

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    落ち着かない。実に落ち着かない。

    現在、新たにバルコニーの屋根となる資材を搬入中。なにしろ屋内を通過するからね。このダイナミックな屋根が十数枚。1枚目でコツを掴んで、2枚目からは速やかに……と行けばいいが、毎回、なにかしら試行錯誤。一応、工務店のスーパーヴァイザーも、ドライヴァーのアンソニーも、立ち会ってくれてはいるが、視点が違う。

    ダメージを最低限に抑えるには、立ち会い必須。

    ともあれ、予定より「1日早く」資材は到着したし、スタッフの動きも比較的、手際がよい。先だってからの、外壁塗装の人々に比べたら、遥かによい。スーパーヴァイザーの段取りもよい。

    バルコニーの屋根は、半分がテラスになっており、半分はサンルームになっている。テラスの部分は、古い屋根を取り外してのち、雨が降っても問題ないが、サンルームの部分は、天井があるため、屋根だけ取り外して放置は不可。モンスーンの季節につき、夜は雨が降ることが多いのだ。

    ゆえに、昨日は半分の屋根だけを外し、今日は骨組みとなるメタルの塗装を開始。先にテラス側に新しい屋根を取り付けて、サンルームの屋根外しにかかるという流れ。

    こういう、「ちょっと考えればうまくいく」段取りが、なかなか進まないのがインドの作業現場。ゆえに、業者選びが非常に重要な鍵となる。安いところは、安い資材に安い人件費と、全体のクオリティが落ちるから、長い目で見れば、信頼できるそこそこの値段の業者を選ぶ方が賢明だ。

    今回、3社に来てもらい、見積もりを取った。他の2社は、さまざまな大工仕事を引き受ける一般的な工務店だったが、ここは「屋根一筋」だったこともあり、ここに決めた。過去の仕事の写真なども見せてもらうに、繁華街のファストフード店なども手がけている。結果、少々高いけれど、スケジュールもきちんと守ってくれそうな気がしたので、ここに決めたのだった。

    まだ、油断はならぬ。しかし、今のところは、順調だ。

    ちなみに屋根の色、サンプルは、白、青、煉瓦色、グリーンなどがある中から選んだ。実物のサンプルを見せてもらって決めたのだが、なかなかに、いい色だ。

    ところで「スーパーヴァイザーの段取りもよい」とは書いたが、それはあくまでもインド基準において。基本的にインドでは、現場監督者は自らが「動かない」。たいてい、自分だけが椅子に座り、そこに存在している……という感じ。労働者たちの働きに目を光らせているというよりは、電話などしているケースが多い。

    そんなスーパーヴァイザーを味方につけて、こちらの要求を理解してもらうのが肝となる。先ほども、玄関先でのドアの開け閉めを任命し、注意事項を伝えた。頼めば嫌とは言わない。

    あとは、午後のチャイやお菓子の差し入れが決め手となる。それは、15年前、旧居の大工事を手がけた際に実感した。4時ごろにチャイとビスケットを差し入れると、残り数時間の作業効率が目に見えて上がるのだ。わたしとて、同じだからな。お茶菓子休憩、大事。

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    旧居のアパートメント・コンプレックスの外壁塗装に伴い、先月は長い時間を拘束されたことは、すでに記した。とはいえ、終わってしまえばすっきりしたもの。足場も外され、きれいになった……と言いたいところだが、ブルーシートが敷かれていた部分の緑が壊滅状態。近々、植え替えねばならない。

    「もう、現場監督は当分いやだ」と思っていたが、今年の予定表を一瞥するに、「いや、一気に片付けるべき」との結論に達した。この波に乗って、すでに老朽化が目立っていたバルコニーの屋根の取り替えをすることにした。十数年前の工事の際には普及していなかった資材を利用。トタン屋根にスポンジのようなものが施され、吸音効果のあるものに取り替える。

    またしても、詳細を綴りたいが、割愛。

    バルコニーに置いていたエクササイズのマシン類を、CANDY(ジャイ子)の部屋と化しているサンルームに移動させる。移動させてのち、「いっそ、ずっとここに置いててもいいのではないか」と思い当たる。

    かつてこの部屋は、ミューズ・クリエイションの毎週金曜日の集いの際、ハンディクラフトの布チームの活動空間だった。ダイニングルームは紙チーム。そしてホールはクワイアとダンサーズ……。そういう名残を引きずって、この旧居はパンデミック突入後から3年間、宙ぶらりんの状態だった。

    今年中に、きれいに過去を洗い流し、旧居もまた、新しい空間を育もう。労力を使ってこその達成感。面倒臭い……と思わずに、片付けも現場監督も「趣味のひとつ」「エクササイズの一環」と思って、楽しもう! と無理やり気分を切り替える。

    今月下旬はデリーへ飛ぶ。10日以内に終わらせるべし!!

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  • Ny7

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    Ny7

    1996年7月7日から、27年。ここまで来るともう、歳月が長かったのか短かったのか、よくわからない。ともあれ今年も、夫婦そろって元気でこの日を迎えられたことに感謝だ。

    いろいろあったし、いろいろあるし、いろいろあるだろうけれど。

    身体にいいものしっかり食べて、よく寝て、よく働き、よく遊び、よく貢献して、これからも生きよう。

    今年もまた、前世紀の写真を発掘だ。

    1枚目は、1997年。夫と出会って直後、1年半ほどニューヨークで同棲していたときのもの。わたしは現地の日系出版社で現地採用で働く傍ら、秘密裏に起業し、就労ヴィザ(H1B)を自給自足すべく、模索していたころ。夫は、マンハッタンで働きつつ、MBA進学の準備を進めていた。

    窓の向こうはコロンバスサークル。当時はタイムワーナー・ビルディングが建ってなかったので、セントラルパークの南端もよく見えた。撮影したとき、写りが悪くて気に入らないと思っていた写真も、今になってみると、どれもこれも、懐かしくて愛おしい。

    決して「仲が良い」とは言えないわたしたち。しかし、こうして振り返るに、持ちつ持たれつ、破れ鍋に綴じ蓋。国籍も、背景も、個性も、異なる関係ながら、よく続いてきたものだ。

    米国を離れてからも、毎年、里帰りしてきたニューヨーク。2019年以来、訪れていない。グリーンカード(永住権)も、諦めてしまった。寂しいが、仕方がない。これも歳月の流れ。そして人生のステージの変化。

    若いころに、散々、冒険をしてきたのだ。だから、今は落ち着け。……と自分に言い聞かせる日々。

    ところでセピア色の怪しい写真は、今世紀のもの。2001年5月、オーシャン・シティのヴァージニア・ビーチへ出かけたとき、海辺のプロムナードにあった写真館で「コスプレ」をして撮影をしてもらった。

    そのときの記録は、当時のメールマガジンにも残している。読み返せば、ついこの間のことのように、情景が思い浮かぶ。わたしは、本当に、昔からよく、飽くことなく、書き続けているなあ……。

    夫との出会いにまつわるエピソード(スターバックスで相席)などは、『深海ライブラリ』ブログに残している。この記録を残したときは、ロックダウンだったこともあり、歌いもしている😁

    Ny6

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    🇺🇸夫との出会い25周年記念企画NY編① テイラー・スイフト入る。(2021年の記録)
    https://museindia.typepad.jp/library/2021/07/ny.html

    🗽ニューヨークで働く私のエッセイ&ダイアリー(Vol. 44 5/20/2001)
    http://museny.com/essay%26diary/mag44.htm

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  • Reu8

    🇮🇳先日、藤田夫妻(潤さん&夕子さん)と過ごし、十数年前のインドにおける日本人コミュニティについて思いを馳せていた矢先。水曜日はまた、懐かしい友人、田井氏がバンガロール出張に来ていたことから、久しぶりに再会した。

    田井氏は藤田夫妻と同じ2008年にバンガロールに赴任された。その後、タイ、ヴェトナムを経て現在は日本が拠点ながら、15年前にご自身が立ち上げたプロジェクトを再び担当すべく、バンガロールとの関わりを再開されたとのこと。

    潤さんは一足先にドバイへ戻っていたが、夕子さんが途中で合流、短い時間ながら有意義なひとときであった。インドにおける日本ビジネスの、一つの時代を築いてきた彼らの体験談を、他の挑戦する人々にシェアできないものかと改めて思う。

    Eコマースの普及以前。まだまだ「現金主義」の名残が強く、クレジットカードやローンさえも忌避されがちだった時代、この地に駐在した人たちは、久しぶりにバンガロールを再訪すると、新旧の混沌に驚かざるを得ないだろう。

    日本人にとっては、ビジネスより何より「暮らしていくこと」だけでも困難が多いインドにおいて、先人の経験を知ることが、どれほど救いになるか。ちょっとした提言や経験談で、なるほどと「膝を打つ」、あるいは「目から鱗が落ちる」「憑き物が落ちる」ような経験をさせられるものだ。

    Reu4

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    🇮🇳今世紀に入って以来の、インドの躍進については、幾度となく記してきた。中でも2008年は節目となる年のひとつだ。バンガロールにおいては、新空港が開港し、UBシティが誕生。秋にはリーマンショックに続いてムンバイ同時多発テロが起こるなど、ネガティヴな出来事もあったが、それでも、以降は変貌が続いた。

    2001年、ゴールドマン・サックスの投資家向けレポートにて記されたBRICs (ブラジル、ロシア、インド、中国。のちに南アフリカが加わってBRICS)の概念が、日本でも知られるところとなり、日本企業が次々に参入したのもこの時期だ。NTTとTATAの合弁による「TATA DOCOMO(タタドコモ)」や、第一三共によるランバクシーの買収が行われたのもこの年。

    どちらも数年後に、莫大な損害を伴い撤退する事態となった背景は、記すに尽きぬ。バンガロールだけを見ても、この時期、日本企業が急増し、日本人人口も2014年ごろにピークを迎えたが、のちに撤退するところが増えた。NTTと第一三共の撤退は、インド市場進出の難しさを見せつけるようでもあった。

    昨今の「グローバルサウス」や「スタートアップ」というキーワードに触発され、インドを目指す日本企業が多い様子をして、当時の状況が重なる。過去の教訓を生かし、引き継ぐ仕組みが構築されないものかと思う。『日本企業向けインド市場進出ガイド』のようなもの。もちろん、そのようなコンサルティングをしている企業はあるのだろうが、インドはビジネスだけではない、ライフスタイルや文化、歴史を理解していなければ、生活するに困難な面が極めて多い。

    Reu5

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    🇮🇳本当に書きたいことが尽きない。インドの日々は、ネタしかない。もっと食やファッション、コスメの情報などをシェアしてほしいとのリクエストもあるのだが、そちらに及ばず。使われない写真がデータに蓄積されるばかり。

    🇮🇳2007年と2008年に放送されたNHKスペシャル『インドの衝撃』は、すばらしいドキュメンタリーだった。その概要をブログに残している。15年前のことを知ることも、非常に有意義だと思われる。インド市場に関心のある方は、番組をなんとかしてご覧になることをお勧めする。

    併せて、文藝春秋から出版された書籍2冊(『インドの衝撃』2007年/『続・インドの衝撃』2009年)もお勧めだ。当時、たくさんのインドビジネス書が発行されたが、この2冊は秀逸だった。

    🇮🇳ところで、藤田夫妻と田井さん、そしてわたしに共通する事柄のひとつがハードロック(ヘヴィメタ)。田井さんがバンガロールにいたころ、Deep Peopleというバンドを組んでいて、わたしはスペシャル・ゲストとしてヴォーカルを担当したことがあった。日本料理店『播磨』での屋外ライヴからちょうど10年。あれもまた、楽しかったな〜。

    ところで、COVID-19ロックダウンのころ、大量に製作したYoutube動画のひとつに、「バンガロール同窓会/元ミューズ・クリエイションのメンバー&駐在員」というものがある。田井さんも、動画を寄せてくれていた。一番最後、12:09からだ。ぜひご覧ください😁

    🇮🇳2枚セットの写真は、途中で合流した夕子さんが、わたしと田井さんの様子を「盗撮」したもの。密会を激写!……というよりは、何かを売りつける人と売りつけられてる人みたいな図。😂 あと、小さいハートを作れない二人💔

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    [Mumbai] NHKスペシャル『インドの衝撃』を観て思うことたっぷり。(2008/10/22)
    https://museindia.typepad.jp/2008/2008/10/post-bbc4.html

    🌸バンガロール同窓会動画(12:09 田井良和さん)

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