インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • 瑞々しい緑をたたえた水田を見渡し、見下ろしながらトレッキングをしている最中、玉置浩二の「田園」の旋律が、脳裏を巡っていた。彼曰く「一番グチャグチャになってたときの経験をまとめた詞」だとのことで、そこに田園の要素はなにもない。

    生きることに苦しむ人たちへの共感と、しかし鼓舞するメッセージのようなその歌のタイトルを、彼はなぜ「田園」にしたのだろう。

    1枚目の写真はトレッキングのあと、夫がプールで泳いでいる間に一人で楽しんだルームサーヴィス。ラム肉のグリル。マッシュルームとポテトが添えられている。付け合わせに「白菜」を頼んだ。ほんのり「和」の味わいがいい。

    旅の前にバンガロールの空港免税店で購入していたスパークリングワインを開ける。ボトルのデザインで選んだ(!)イタリアのプロセッコ。その黄金色がなんとも言えず、美しい。

    絶品と言わずにはいられないラム肉を味わい、グラスを傾けながら、旅を重ねた20代、30代の記憶が走馬灯のように脳裏を巡る。イタリアのトスカーナ地方、南仏プロヴァンス、スペインのコスタ・ブラヴァ、カリフォルニアのナパ……。

    緑豊かなテラスでの食事のシーンが、次々に思い返されて懐かしい。10年前も、20年前も、30年前も、過ぎてしまえばすべては脳裏の引き出しの中。印象的な経験は、歳月を重ねても色あせることなく、ついこのあいだのことのように鮮明に蘇る。

    ブータンの農業、すなわち人々の命の源が、ひとりの日本人、西岡京治氏 (1933-1992)によって育まれたということを思うにつけ、感慨深い。以下、Wikipediaからの引用。

    「1964年、 ブータンに海外技術協力事業団(現・国際協力機構)のコロンボ・プランの農業指導者として里子夫人とともに赴任。赴任当初はインド人が大半を占める農業局から冷遇を受け、試験農場すらまともに用意されなかったという。そのような中、28年間に渡り日本から導入した野菜の栽培および品種改良・荒地の開墾など、ブータンの農業振興に尽力する。西岡の振興策は援助側の一方的な施策の押し付けではなく現地の実状に即した漸進的なものであった。このため、成果の確実性と定着性において他に例を見ないほどの成功を収め、農法にとどまらず産業・生活の基盤改善に大きく寄与した」

    西岡氏は、ブータンで適切な歯の治療が受けられなかったことが原因で敗血症となり、59歳という若さで他界された。彼はブータンにおいて国葬されたという。彼の存在が、ブータンをして親日国である大きな理由のひとつでもあるようだ。

    今、目前に広がるこの水田の、苗が規則正しく植えられている様子さえも、西岡氏の指導によって育まれたというのだから。従来は、手当たり次第、無造作に植えられていたらしい苗。それを、日本の田植えのように一定の間隔に植えていく並木植(なみきうえ)に変えたのも西岡氏だった。並木植にすると、草取りが楽になり、風通しもよくなり、収穫が4割も増えるのだという。

    彼に限らず、異国で農業を伝え、人々に命の源を与えてきた日本人は少なくない。インドにおける杉山龍丸氏や福岡正信氏の貢献については、過去、わたしもブログに記してきた。ガイドのTashiから、ブータンが農業振興のために図られている政策の一端を聞く。

    自然環境の維持と向上、伝統文化の継承とテクノロジーの調和……。ひとつひとつの話が興味深く、何よりも、歴代国王の「人柄と理念と指導力」が、この国のすべてであるといっても過言ではないほどの影響力だということを知る。

    夕暮れどき、空中ラウンジにて、本を開く。歴代の国王の写真集などを眺めながら、この国の歴史の片鱗を学ぶ。

    綴り残しておきたいエピソードが多すぎる。

  • 前夜は早めに就寝し、ぐっすりと8時間、眠ったあと6時に起床。のんびりとした旅を……と思う一方で、自然を存分に楽しみたくて、2日前に引き続き、トレッキングをすることにしていた。想像以上に気温が高いプナカ。昼近くになると暑くなるからと、ガイドのTashiから朝のトレッキングを勧められていた。

    目覚めた瞬間から「今朝は何を食べようかな」と思い巡らす。それほどまでに、食事がおいしいのだ。飲み物は、すでに毎朝の定番となった「バター茶」を注文。一方の夫は「ターメリック・ラテ」が気に入った様子。

    メニューを見ながら悩んだ末に、「4種類のモモ」のセットを注文した。野菜、豚、鶏、牛……と、インドの飲食店では、ほぼあり得ない組み合わせの4種類だ。夫はエッグ・ベネディクト。こちらもとてもおいしそうだ。

    朝からしっかり栄養補給をして、車に乗り込む。目指すは、渓谷を挟んで向こう側の山腹に立つ寺院、Khamsum Yully Namgyel Chortenへ。この建造物は、現在の王妃の母親によって1999年に建立されたものだという。

    吊り橋を歩いて対岸まで渡り、田園風景の中を通過して、山道を登る。曲がりくねる山道のカーブに差し掛かるたびに、下界の風景が遠く豊かに見渡される。自分としては休憩しながら適度な速度で歩いているつもりだが、ガイドのTashiからは、先日同様、Mihoは健脚で歩くのが速いと驚かれる。

    わたしは昔から、歩くのが速い方だとは知っている。体力もあるほうだろう。しかし、膝痛や腰痛もそこそこあるし、気づけば大した年齢だし、起伏のある道では速度を落として身体に配慮しているつもりだった。

    思い返せば、これまでの人生、夫以外とトレッキングをすることはほとんどなく、「自分の速度」を他人と比較することはなかった。気づけばいつも先を歩いてしまう自分ゆえ、夫のことを「歩くのがとても遅い人」と思い込んでいた。

    その旨、Tashiに話したら、「Arvindさんが気の毒だ」と言われた。

    速度を落とせ。

    いろいろな意味で、自分を、自分たちを、振り返る旅でもある。

    思った以上に短い時間で寺院に到着。三層構造のストゥーパ(仏舎利塔)が、青空に映えて美しい。ここもまた、内部の写真を撮影できないので、時間をかけてゆっくりと、1階、2階、3階……と、その絢爛たる種々の神々の姿を脳裏に焼き付ける。

    地獄の魑魅魍魎が具現化された世界。壁に描かれる髑髏や亡霊に、ポルトガルのエヴォラで訪れた「カタコンベ」を思い出す。無数の人骨によって埋め尽くされた内観……。

    メメント・モリ。死を思え。

    死を思いながら、生きよ。

    生を際立たせて、生きよ。

    生を慈しみながら、誠実に生きよ。

    最上階からは360度、あたりを見晴るかせる絶景! 晴天に恵まれて、本当にありがたい。今のわたしは個人的に、身の回りに「祈るべきこと」が多い日々だが、「願い」を「感謝」の言葉に変えて、ただひたすらに、合掌する。

    家族のために。友らのために。

    遍く旅路に光あれ! (By ロングホープ ・フィリア)

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  • 今回のブータン旅は、夫からわたしへの「還暦祝い」ということで企画された。8月、わたしは『日印こども壁画交流プロジェクト』に続き『福岡クラフトフェア』を開催するなど、立て込んでいたのに加え、9月下旬からは日本への一時帰国が控えている。

    春に続き、今回も1カ月近い滞在となることから、体力&精神力温存のためにも、国内を短めに旅する予定だった。しかしながら、夫のリサーチと検討の結果、今回のブータン旅が実現した次第。

    ブータンは、他国に比して、気軽に訪れられる旅先ではない。

    外国人旅行者には1泊US $100の観光税が課せられる(インド人観光客はUS $16)。観光ヴィザの取得に加え、原則として個人旅行が難しく(2022年に規制は緩和された)、あらかじめホテルや旅行代理店などを通して旅の手配をしておく必要がある。

    今回、諸々の旅の手配を夫に任せきりだったので、シックス・センシズの詳細についても、ティンプーにチェックインして初めて知った。尤も、我が夫もこのリゾートを友人夫婦から勧められて決めたのだが、ここに決めてもらって本当によかったと、心底、滞在を楽しんでいる。

    🌾

    シックス・センシズのサイトによれば、「ウェルネスとサステナビリティを基盤に、自然との共生を徹底した自然派ラグジュアリー・リゾート」だとのこと。「地域社会や自然環境との調和を図り、地元の食材を活かした料理、廃棄物削減、環境保全活動などを通じて、ゲストが心身共に満たされる体験を提供している」とある。

    まさに、謳い文句通りの、いやそれ以上の充実度だ。なにしろ、料理が想像を超えて遥かにおいしい。刺激の強い味を好むインド人や若者たちにとっては、少し物足りなく思うかもしれないが、今のわたしにとっては、理想的な味付けと食材だ。

    昨夜はルームサーヴィスで野菜や魚のグリルなど軽めの料理を注文したが、いずれの素材も滋味が豊かで、調味料も繊細にして旨味を引き立てる。たっぷり味わっても胃にもたれず、食して体調が整うことが感じられる。しかし、食べ過ぎによる増量は不可避。やむを得ぬ。

    建築物も、木肌や石が心地よく、裸足で歩き回りたくなる内装。日々、ぐっすりと眠ることができて心身ともに癒されている。

    3泊の滞在を予定しているこのプナカのリゾートは、田園風景の只中にある。自分たちのロッジに行くには急な坂道を歩かねばならぬなど(もちろんバギーもあるが)、なかなかにワイルドながらも、その自然の中に滞在できるという環境がありがたい。

    敷地内を歩くだけで、ノスタルジアが込み上げる。

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  • ティンプーに別れを告げ、東に位置するプナカを目指す。1955年に首都がティンプーに移されるまでの約300年間は首都だったというプナカまでは、実質約72km程度の距離。しかし、いくつもの峠を越えるアップダウンが著しいルートゆえに、車で2時間以上はかかる。

    ティンプーは標高約2400mだったが、プナカは約1200mということもあり、気温は上昇、田園風景の緑が豊かになる。山裾にはライステラス(段々畑)が延々と広がり、なんとも牧歌的なドライヴルートだ。時折、背の高い稲が目に飛び込んできて、その種の成長に目を見張る。

    途中の峠でピクニック・ランチ。晴れた日には、ヒマラヤ山脈を見晴るかす絶景のポイントらしいが、あいにくあたりは雲に包まれており、視界十数m。帰路の快晴を願いつつ、リゾートが準備してくれた「ポーク・ビビンパ」を楽しむ。お弁当の保温は象印😋。道中には搾りたてのリンゴジュースやナッツ、ドライフルーツなどのおやつも用意されていて、至れり尽くせりだ。

    ドライヴァーのDewaの運転が本当に巧みで丁寧なこともあり、普段は車酔いしやすいわたしだが、ほとんど身体に負担を感じない。時にヒマラヤスギの香りを、ひぐらしの鳴き声を、滝の水音を楽しみながらのドライヴだ。

    信号がない国にて。

    車は流れるように走る。過去に一度導入されたとのことだが、諸事情から撤去されたらしい。今は警官による手信号やドライヴァー同士の譲り合いで、交通ルールは保たれている。

    やがて渓谷の川沿いにたどり着き、右手に「プナカ・ゾン」の壮麗な建築物が現れる。二つの川の合流点に位置する、プナカ・ゾンは行政の中心地であり、冬期には修道僧の滞在地にもなるという。

    ブータン建国の父であるガワン・ナムゲルによって1637年に建立された。300年以上の歴史を持つこの建物は、ブータンにおける歴史的な行事の舞台でもある。初代国王の戴冠式や、五代目国王の結婚式、祝祭などが執り行われてきた。

    インド菩提樹(ピーパルツリー)が立つ広大な広場では、毎年お祭りが開催されるという。奥にある寺院へは、靴を脱いで中に入る。写真を撮ることができないから、その壮麗で圧倒的な内観の様子を、脳裏に刻む。

    中央に座す黄金色の仏陀像。左右にも黄金色の仏像が座して訪れるものを強い視線で迎える。伽藍はきらびやかに色とりどりながらも、歳月の流れを映して目に優しい落ち着いた色合いを呈している。仏画、彫刻、布……。ティンプーで垣間見たその創造の工程が思い返され、よりいっそうの尊さを感じさせられる。

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  • 首都ティンプーに2泊し、ブータン旅行3日目を迎えた今日は、車でかつての首都プナカを目指す。今回の旅では、Six Sensesというウェルネスリゾート(IHG)に滞在しており、次なるプナカ、そして終着点のパロでも同系列のホテルに滞在する。ちなみにブータンにはSix Sensesのリゾートが5つある。

    宿泊、食事、ガイド、ドライヴァー、車……と、旅に必要なほぼすべてがパッケージとなっており、自分たちの希望に合わせてプランを作ってくれる。また、到着後に行動予定などのアレンジを依頼することもできる。

    わたしたちを担当してくれているガイドのTashi、そしてドライヴァーのDawaは、とても親切に旅をサポートしてくれて、ありがたい。Tashiが説明してくれるブータンの話も、とても的確でわかりやすく、日々、勉強になっている。

    本日の朝食は、メニューを見つめて悩んだ末に、目玉焼きにマッシュルームとベーコンが包まれたガレットを注文した。ブータンはそば粉が食されていると聞いていたので、ガレットは美味に違いないと確信したのだ。果たしてこのガレットのおいしいこと! 今まで食べたガレットの中で最もおいしい記念すべき一皿であった。

    チェックアウトの際には、ホテルの支配人も見送りに来てくれ、記念撮影。心地よい滞在をありがとう。

    ティンプーを離れる前に、織物工房を併設したテキスタイルショップと芸術学校、そしてアートギャラリーを訪れた。

    精緻極まる織物技術を継承する人は、年々減っているという。日本でもインドでも、世界の各所で見られる趨勢。この店では、女性の衣装である「キラ」の中でも最高品質のものが扱われている。何カ月もかけて織り上げられるキラは、結婚式や祝祭の際に着られるもので、シルク製は数十万円、100万円を超えるものもある。

    昨今では投資目的で購入する人もいるという。風前の灯火となった織物を、消えてしまわぬうちに買い求める人も少なくないようだ。わたしは幸いにも「年に4枚しか作らない」という小さな敷物を見つけた。「日の出」「蝶」「永遠」がモチーフに織り込まれているというそれを記念に1枚買った。

    このあと、伝統工芸を継承する学校を訪問。学生たちがゾン(僧院)やラカン(寺院)を彩る彫刻や絵画などを学び製作する様子を見学させてもらう。仏教徒が国民の約75%を占めるブータンでは、仏教のモチーフを配した建築物の維持もまた、大切なアイデンティティの継承である。

    学校を出て、目の前にあるアートギャラリーに立ち寄る。仏画(タンカ)の麗しさに見入る。併設のショップで、唯一「欲しい」と思った「白多羅菩薩(白ターラ)」もまた、旅の思い出に連れて帰ることにした。

    観音菩薩の涙から生まれたとされる、チベット仏教の女神。……書きたいことが募るが、明日は早起きして山歩きなので、そろそろ寝ます。😴 誤字脱字があるかもしれぬが、ご容赦を。

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  • 首都ティンプーでの豊かな1日は過ぎて、夕暮れどき、リゾートに戻る。青空と白雲、濃き緑が目にも鮮やかで、曇天だった初日の印象とは全く異なる情景が広がる。

    彼方に黄金色の仏陀を眺めつつ、自家製のヘルシーなジュースを飲みつつ、鳥のさえずりを聞きながら、静かなときを過ごす。

    今回のわたしたちの滞在先では最も標高が高いティンプー。日が暮れると気温はぐっと下がる。せっかくだからと、暖炉に火を起こしてもらう。パチパチ……ときにバチバチと、盛大に爆(は)ぜながら燃え盛る炎もまた麗しく。

    米国に住んでいたころは、折に触れて暖炉のそばで過ごす機会があったが、インドではほとんどなく。最後の暖炉は、確かシムラのワイルドフラワーホールだったか。あるいは、ヨセミテ国立公園のアワニホテルか。いずれにしても、十年以上前のことだ。歳月は流れる。

    夜、夫婦揃ってホテルから民族衣装を借りる。男性は「ゴ」と呼ばれるジャケットを羽織り、ウエストを帯で締める。女性は身体に巻く布部分を「キラ」、ブラウスを「ウォンジュ」と呼ばれる服を着る。

    ツーリスト用なので、「キラ」は着用しやすいよう簡易なスタイルに縫製されているが、着てみると、それなりにさまになる。すっかりブータン人女性の気分だ。夫も「ゴ」がよく似合う。

    この日は、日曜の夜だということで、週に一度の「ロイヤル・ブータニーズ・ナイト」と称され、ブータンの伝統料理が供された。チーズや唐辛子を多用するということで、辛いものが苦手な夫はアラカルトを注文したが、わたしは辛味を控えめにと、ブータン料理を味わうことに。

    土地の野菜もたっぷりと、油脂は少なく、味付けもマイルド。主食の赤米とよく合って、胃にも優しい味わいだ。

    トレッキングの最中、ガイドのTashiに、普段、朝食は何を食べるのかと尋ねた際、赤米とおかずだと聞いた。「日本米」もあるという。聞けばかつて、JICAで派遣されたニシオカという日本人男性が、ブータンの農業に偉大なる貢献をし、国王からは「最高に優れた人」を意味する「ダショー」の称号を与えられたという。

    ホテルに戻って調べたところ、ダショー・ニシオカ、すなわち西岡京治氏は、1964年にJICA専門家としてブータンに派遣されて以来、農業指導に尽力され、日本米はじめ、さまざまな農作物の生産向上に貢献したという。

    昨年、エジプトを訪れた際には、日本の米が普及していることを知って驚いたが、ブータンでも日本米が人々の胃袋を支えているのだと知り、感銘を受けた。🌾

    わたしが持っているバッグは、先日の福岡クラフトフェアで購入したもの。Misa & Miyukiのコラボ作品で、ヴィンテージの帯が使われている。小ぶりの割に収納できて、軽くて使い勝手がよい。

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  • リゾートから眺めていた黄金色の仏像、クエンセル・ポダン(Kuensel Phodrang)へ。高さ51メートルの巨大な銅製の仏像は、今からちょうど10年前の2015年に完成したという。ブータンに所縁のあるシンガポールの篤志家を中心とする国内外の寄付によって誕生したとされ、内部(撮影禁止)には、12万5千体もの金箔仏像が納められている。

    芸術学校の学生らによって描かれたという壁面を彩る仏画もまた精緻に麗しい。

    旅先では、普段バンガロールではできないことを楽しみたい。適度な距離のトレッキングがしたいとガイドのTashiに相談したところ、ほどよいアップダウンと距離感のルートを案内してくれた。

    丘の上には寺院があり、日曜日とあって、参拝客で賑わっている。こちらはクエンセル・ポダンとは打って変わり、外観こそ改装されて新しいものの、内部は数百年の歴史を刻む重厚さで、人々の信仰の歴史が刻まれている。

    ブータン国民は、寺院や学校、公共施設を訪れる際には、民族衣装を着用することが義務付けられているとのことで、どこを歩いても「ブータンらしさ」が漂っている。

    Tashiからは、さまざまなブータンの話を教わっているのだが、社会問題のひとつに「若者のブータン離れ」が挙げられるという。若者たちが海外を目指し、日本と似た「高齢化社会」になりつつあるとのこと。一方、移民政策に関しては、政府は厳しい姿勢をとっているようだ。

    社会や文化の独自性を守りつつも、観光による外貨獲得を目指しているブータン。外国人旅行者に対し、他国にはない条件を設けているのも、その一環だろう。

    現在、日本の観光地が直面しているオーヴァーツーリズムをはじめとする社会問題の数々に思いを馳せつつ、グローバル化とはなんだろう……と、改めて考えさせられる。

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  • 初めての国では、見るものすべてが新鮮で、あれこれと、写真におさめたくなる。

    曇天から青空が垣間見られると、情景は一変し、同じ場所とは思えない風情を湛える。iPhoneのズーム機能の進化のおかげで、彼方の仏像が、驚くほど間近に迫る。

    朝食は、フルーツにはじまり、わたしはブータンの朝を象徴する「バター茶」を飲む。中央アジア、遊牧の民……味覚が旅情を刺激する。

    カットフルーツやヘルシージュースにスムージー、メインはコンチネンタルからローカルまで、朝食メニューの選択肢もまた豊か。わたしは「モモ(餃子風)とヌードルスープ」にひかれて注文したところ……なんともいえぬ味わい深さ。おいしい。

    ブータン風だというオムレツも、ヴォリュームたっぷり旨味が封じ込められていて、朝からついつい食べ過ぎてしまう。

    朝食を終えるころ、小雨が降り始めたこともあり、予定していたトレッキングはキャンセルか……と思いきや、徐々に青空が広がり始めて、好天に恵まれた。

    今回の旅記録。いつもならばそれなりに写真を絞り込んで掲載するところ、今回はもう、載せたいものを極力載せようと思う。今日の記録も何回かに分けてアップロードする。

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  • 標高が高い上に、曲がりくねる山道。普段にも増して乗り物酔いをするのではないかと、少し懸念していた。しかし、ドライヴァーの運転は驚くほどに穏やかに滑らかで、気づけば峠を超えている。

    車窓からの情景をゆっくり楽しんでいるうちにも、小高い丘の上にあるリゾートに到着だ。車を降りると、「複数の薬草を燻した煙」で、来訪を歓迎される。

    ブータン男性の民族衣裳「ゴ」は、これまでも写真や映像で何度も目にしてきたが、実際に見ると、非常にすてき。かっこいい。日本の着物によく似ていて、ぐっと裾を上に上げ「ケラ」と呼ばれる帯を締めて着る。

    車窓から眺めていると、「お端折り」の部分に何かを入れているらしき男性の姿も見られた。なるほど、お腹周りが「買い物袋」代わりになるわけだ。とても機能的である。

    白壁の建築物のドアが開かれると、縦長い光が差し込み、前方に山々と湖を思わせるプールが目に飛び込んでくる。写真では伝えられない、シンプルに、なんとも麗しき情景! 天井には艶やかな曼荼羅が描かれ、来るものを歓迎してくれる。

    石と樹木がふんだんに使われた内装は、わたしの好みにぴったりで、ただただ、うれしい。彼方に見えるは黄金色の巨大な仏像、「ブッダ・ドーデンマ(Buddha Dordenma)」。なんという絶景。

    ヴィラにチェックイン後、龍神が歓迎してくれているのか小雨が降り出した。もっとも9月は雨季の終わりで、まだ雨が多い。ともあれ、ゆっくりと部屋で過ごす。あたりの山あいで採れたリンゴがおいしい。

    夕食は、部屋でゆっくりしたく、ルームサーヴィスを頼む。夫は界隈で釣られた川魚を、わたしはどうしてもビーフが食べたくなり地元産ではないオーストラリアのビーフを注文。付け合わせは……アスパラガス、そしてブータンを知る人にはおなじみの「マツタケ」を頼んだ。

    メニューには魅力的な料理がたくさん並ぶが、体調を慮って控えめに。ローカルのサワードウ・パンにはオリーヴオイルがかけられて、ソース類のアレンジも楽しい。デザートの独創的なアップルパイもまたおいしくて、きれいに完食した。

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  • デリーから2時間あまりの空の旅を経て、ブータン西部のパロに到着。上空からヒマラヤ山脈が見られるとのことで窓際の席を取ったのだが、あいにく下界は雲に覆われていた。しかしながら、パロに着陸する間際には、緑深き山々や渓谷、まるで地を這う白龍のように蛇行する道の鳥瞰を楽しんだ。

    標高2,237m。ヒマラヤ山脈の深い渓谷に位置していることから、世界でも有数の「着陸が困難な空港」とされているらしい。飛行機から外に出た瞬間、心地のよい涼風に包まれる。

    その小さな空港は、あたかもアミューズメントパークのよう。写真撮影をしたくなるポイントが随所にある。ブータン国王一家の写真に出迎えられて、未知への世界の扉を開く。イミグレーションの天井は曼荼羅に彩られ、唯一無二の存在感が漂う。

    さて、今日から8泊9日、ブータン西部を旅行する。まずはパロから車で約1時間半の場所にある首都ティンプーへ。ブータン旅行の際には、ホテルやガイド、車をあらかじめ予約しておく必要がある。道中は、わたしたちが今回利用するリゾートの専属ガイド氏に、ブータンのあれこれを聞く。

    制限速度は時速約60km。信号がない。野生の動物たちが随所に。農業と畜産物の豊かさ。自然との共存。幸福度指数の高さ。国家プロジェクトGMC / Geleph Mindfulness City(これが非常に興味深い!)。

    宗教の枠にとどまらぬ仏教の教え。テキスタイル。木造の建築物。国境を接するインド、中国(チベット)、ネパール。りんごとひまわり。歴代の国王。ブータンのはじまり。そしてマインドフルネス。

    ひとつひとつの話が、興味深く尽きず。五感を刺激されながら、第六感の入り口へ……。

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