インド百景 2021-2025

天竺の、風に吹かれて幾星霜。ライター坂田マルハン美穂が、南インドのバンガロール(ベンガルール)から発信

MUSE INDIA / HOMEPAGE

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    日本に到着して、早くも4泊終了。いよいよ今夜、嵐が福岡に上陸する。ええ。嵐とは、我が夫のことである。今日から3泊「マキシマムな夫&エッジな母」と過ごしたあと、次は京都行きだ。

    「マキシマムとエッジ」の詳細を記したいところだが、長くなりすぎるので割愛。

    帰国するたびに書いているが、我が故郷の福岡は、本当に食べ物がおいしい。昨日は家の掃除や書類の整理などをしたあと、近所のスーパーマーケットまで買い物に出かけた。

    ごく普通のスーパーマーケットの鮮魚コーナーでも、新鮮な刺身類が並ぶ。「濃い豆腐」なども魅力的。小ぶりの八海山なども購入。インドでは手軽に入手できないものを、味わうのが贅沢。

    道すがらの公園で、盛りを過ぎた桜を愛でる。その葉っぱを見ていたら、無性に桜餅が食べたくなった。しかし、和菓子屋は近所になくて、諦めた。

    ランチを軽めにすませていたので、夕食は早めに。まずは寿司&刺身を母と分け合いつつ、のんびり味わう。おいしい。そのあと、牛肉を少し、塩胡椒とバターで焼く。おいしい。

    食べ終えたころ、ピンポーンとベルが鳴る。上階にお住いのご一家の奥様。一人暮らしの母のことを、いつも気にかけて、ゴミ出しなどを手伝ってくださる。とてもありがたい。帰国のたび、ご挨拶に伺って、心ばかりのお土産をお渡しする。すると、彼女も、いつも素敵な何かをくださる。

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    昨日は、わたしが帰国していることをご存知だったので、わざわざ立ち寄り、甘酒やおかき、そして和菓子をくださった。そこには、なんと……桜餅&よもぎ柏餅! 食べたかった桜餅と大好きなよもぎ柏餅のピンポイントがたまらない。

    繊細な風味甘み、桜の葉のほのかな塩味が、なんとも言えず美味。残りは明日……と思っていたが、おいしくて、ついよもぎ柏餅も食べてしまった。店名が記されていないプラスチックのケース入りだったので、お店がわからない。教えていただこう。また食べたい。

    今朝は、やはり昨日スーパーマーケットで購入していたハマチのカマを塩焼きに。あとは味噌汁とごはん。インドの海塩をまぶして焼いただけの、このカマが旨すぎる。アルヴィンドも大好物だから、滞在中にまた作ろう。

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    “Well, what was Japan? It was the end of the line of the Silk Road. For millennia, people and objects, knowledge and cultural traditions, religion and philosophy flowed here from Persia, India, Tibet, Korea, China, Java, Siam, and the South Seas. Japan, a group of islands removed from the turmoil of the continent, took these things and slowly polished them. As centuries went by, Buddhism vanished from India, Chinese dynasties came and went, but their cultural treasures, like time capsules packed off and sent to another planet, survived destruction in their countries of origin — in Japan. This country ended up as a giant storehouse of ancient Asian wisdom. Within Japan, for a thousand years Kyoto was the capital, and so, compressed into this small space, the best and most precious were further refined.”
    (‘Another Kyoto’ Alex Kerr)

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    🇯🇵新居の「月光ライブラリ」には、アレックス・カーの著書が、何冊かある。京都旅を控え、日本から取り寄せていた『もうひとつの京都』を持参した。第1章を読んだだけで、これは興味深い本だと確信。夫のために、同時発売されていた英語版も購入した。「はじめに」にあった文章が、日本文化の特殊性を、極めて的確に表現しているので、引用する。

    「そもそも日本とは、一体何だったのでしょう。日本はシルクロードの終点でした。何千年もにわたって、人やもの、知識や風俗、宗教や哲学がペルシャ(現イラン)やインド、朝鮮(現韓国と現北朝鮮)、中国やジャワ(現インドネシア)シャム(現タイ)などから日本へ流れ込んできました。大陸の動乱と隔たっていた島国の日本は、こうした文物を受け入れ、ゆっくりと時間をかけて洗練させていきました。インドの仏教はインドから姿を消し、中国の王朝は栄えては滅びの変遷を重ねました。インドや中国が生んだ「文化の宝石」はあたかもタイムカプセルで別の惑星に送られたかのように、本国での破綻を免れて日本で生き延びた結果、この国は古代アジアの叡智がぎっしりと詰まった巨大な宝庫になったのです。その日本で京都は約何千ものあいだ首都でしたから、最良のものがこの小さな空間でさらに洗練されていきました。そのため、東アジアや東南アジアの文化に興味のある人にとって、京都は極めて重要な場所です。」(『もうひとつの京都』アレックス・カー)

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    伝統工芸に限らず。極東の島国である日本の特殊性は稀有の極みだと、日本を離れて年齢を重ね、切に痛感する。

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    東京で働いていた20代のころは、異国を夢み、旅に憧れ、ひたすら海の向こうを目指した。米国で働き暮らした30代のころは、自分のキャリアとライフの構築に精一杯。日本への関心は薄かった。

    40歳でインドに移住し、インドの伝統工芸に触れることで、そこに日本のルーツを見いだすことが増えた。インドと祖国とのつながりを知るにつけ、関心は高まる。

    そして50歳を過ぎてからは、日本の伝統工芸品の、まさに「匠の技」に感嘆する機会が増えた。世界各国を旅し、無数のミュージアムを訪れ、あるいは職人の仕事を目の当たりにすることで、いつのまにか、自分なりの審美眼が備わっていた。

    若いころには「見えなかった」日本の魅力が、帰国するたび、浮かび上がるように、見えてくる。同時に、勉強したいことが募る。
    歴史や伝統や文化を包摂し、象徴する、麗しい品々を、インドの人たちにも紹介したいと切に思う。人生とは、面白いものだ。

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    https://www.acros.or.jp/takumi/

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    ナマステ福岡のイヴェント会場の向かいに立つビルディング「アクロス福岡」に、何気なく、入った。そこには、あまりにも今のわたしの関心にぴったりの世界が広がっていて驚いた。

    「福岡の良いものとくらしを未来につなぐ」をコンセプトに、つい数週間前の3月下旬、リニューアル・オープンしたばかりだという「匠ギャラリー」。

    入るなり、奥の方に目を奪われた。つい先日、ムンバイの骨董品商人を通して見たばかりの日本の仏壇とそっくりの八女福島仏壇が目に飛び込んできた。そこには、久留米絣や提灯などの展示もある。「逸展」という企画展らしい。

    1階にはこのギャラリーに加え、九州の工芸品を販売する「うなぎの寝床」、そして九州の良質な食材を販売するほか、ランチやスイーツが楽しめるカフェを併設した「&LOCALS(アンドローカルズ)」がある。

    2階には、九州の伝統工芸品の歴史や作業工程が眺められる展示スペースがある。本当は天神を歩いて買い物をする予定が、昨日はランチを含め、ここで数時間を過ごした。今後、自分の仕事に関係することから、スタッフの方にもご挨拶をし、館内を案内していただいた。

    見れば見るほど、インドと日本の繋がりに思いを馳せずにはいられない。インドの伝統工芸に詳しい友人Devikaを思い出しながら、彼女に見せたい、と思う。わたしをカシミールの手工芸の旅にいざなってくれた彼女は、若いころ、日本の陶芸家の下で修行をしたこともあるのだ。日本とインドの手工芸品の共通点、そしてロマンを共有できる、大切な友人。
    備忘録もかねて、写真を多めに残しておく。種を多めに、蒔いておく。

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    *店内の写真撮影に関して、許可を得ています。
    https://www.acros.or.jp/takumi/

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    🌸Namaste Fukuoka, a festival that has been held annually since 2016 by Indian and Japanese volunteers living in Fukuoka. After the pandemic, the festival was held yesterday for the first time in four years. The stage was crowded with Bollywood dances and other performances, as well as Indian food and shop stalls. Blessed with fine weather, the festival was filled with a lively atmosphere!

    Despite the cold weather, I wore a long-sleeved shirt and a Kyoto Yuzen saree. It was a fun time, as I was approached by people we had interacted with through social media.
    Although it was already past the time of full bloom, I was able to see cherry blossoms. This is the first time since 1996 that I have actually seen cherry blossoms in Japan. I was deeply moved.

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    🌸福岡に暮らすインド人と日本人の有志によって、2016年から毎年開催されてきたというお祭り、「ナマステ福岡」。パンデミックを経て、昨日は4年ぶりの実施だという。ステージでは、ボリウッドのダンスなどが披露され、インドの食品やレストランの屋台などが並んで賑わっていた。好天に恵まれ、賑やかな雰囲気に満ちていた。

    寒いながらも長袖のシャツを合わせ、京友禅サリーを着用。ソーシャルメディアを通して交流のある方、あるいはフォローしてくださっている方に声をかけていただくなど、楽しいひとときだった。

    すでに、満開の時期を過ぎているけれど、桜の花を見ることができた。日本の桜を実際に見るのは、1996年以来、はじめてのこと。感慨深かった。☺️

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    😺最後の写真は、西鉄貝塚線の「にゃん電」。
    https://namastefukuoka.jp/

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    🥕産地直送の野菜。食品添加物がほとんど含まれない、素朴な食事。ごはんと具沢山の味噌汁。決して派手ではない。しかし、「大地の味」がする「ごはん」が、とてもおいしい。

    1996年に日本を離れて27年。米国在住時の若いころは、一時帰国のたび、昼夜、予定を入れて、友らと食事に出かけたものだ。
    しかし年々、そんな無理がきかなくなった。特にインド移住後、40代の半ばあたりで化学調味料 (MSG) のアレルギーを発症するようになってからは、外食が減った。頭痛やほてり、極め付けは「閃輝暗点」という視覚障害に見舞われたのが原因だ。

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    🥕10年ほどまえ、デング熱に罹患した。その際、フルーツジュースやスープなどで全身がデトックスされていた。そして、回復の直後に訪れたニューヨーク。食欲が回復したこともあり、1日目はステーキを楽しんだ。しかし、翌日、お気に入りの一風堂に行き、とんこつラーメンを食べたときに、事件は起こった。

    レストランを出て10分ほど歩いたころ、異様な喉の渇きを感じ、同時に視界がちらつきはじめた。頭痛が起こりはじめ、数分後には、視野の中心が見えなくなった。最初はコンタクトレンズにゴミが入ったのかと思い、確認したが、裸眼でも同様だ。

    最初はおかしいな……くらいに思っていたのだが、五番街のユニクロに入った時には症状が悪化し、値札の文字が見えなくなって焦った。急ぎ大量の水を飲み、カフェでしばらく休んだ。それから数時間かけて、状態が緩和したが、あれこれ調べるに、それは間違いなくMSGアレルギーだった。

    食品添加物が多い加工食品や味の濃いものを食べると、たちまちお腹の調子が悪くなることから、日本帰国時の外食が年々難しくなってきた。食べたくても食べられない。しかし、日本滞在中に添加物を避ける食生活は不可能。昨日はたこ焼きを食べて、少し身体を慣らした。おいしかった。ただし水分は多めに摂取した。

    🥕今日は終日、実家で過ごし、家の片付けなどをする。母は84歳。週に一度はダスキンさんにお掃除をお願いしているとはいえ、細かなところは行き届かない。

    今日は冷蔵庫の掃除などをする。自分の気持ちも、すっきりする。

    それにしても、だ。わたしの人生において、いくつかの使命があるとするならば、その一つは間違いなく、「掃除」だろう。ニューデリーでも福岡でもバンガロールの2軒の家でも、なにかしらしょっちゅう、掃除をしている。

    面倒だと思う。しかし、掃除をすることが、若い頃よりも「意味のあること」に思えている。身の回りを片付ける。清める。掃除には、その人の人生が映し出される。生き様さえ、見える。

    掃除には知恵が映る。

    掃除には哲学があり、美学があり、理想がある。清めることで、得られる心の清澄。達成感……。

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    🥕ところで、実家の冷蔵庫は今から約25年前に購入したものだが、質がよい。パーツを取り外し、汚れを洗い落としながら思う。冷蔵庫に限らず、日本の家電は、昭和後期、すなわちバブル経済時のころのもののほうが、今よりも高品質なのではないか。

    丈夫で長持ちは需要がないから……とは、よく聞く話だが……。なんなのだろう、世の趨勢とは。掃除をしながら、日本ブランドと製品力の変遷について、思いを馳せる。

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    🥕多々良川沿いの丘の上に立つ実家のバルコニー。玄界灘に沈む夕日の麗しさ。夜、玄関を開けば、煌々と満月。寒さに身震いしつつ(想像以上に寒くて混乱中)、仰ぐ夜空麗し。

    🇸🇪1枚目の写真の花瓶は、1991年、スウェーデンを南部のマルメからストックホルムまでドライヴ取材したとき、コスタ・ボダの工場で買ったもの。ガラス王国と呼ばれるその一帯には、いくつものガラス工房が点在する。あの儚い夏の情景が、懐かしく蘇る。
    https://museindia.typepad.jp/2018/2018/09/05.html

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    わたしがインドに移住してからというもの、多分わたしだけでなく、母のライフスタイルも大きく変化したと思う。実家にはMade in Indiaがあふれている。クオリティの高い商品が次々に誕生し、それに伴い、選択肢は、年々、増える。帰国時に持参するお土産以外にも、年に何度か、小包で送っている。

    ◎木綿や麻、竹素材など、暑い日本の夏に好適な衣類。
    ◎パシュミナやウール、ヤクの心地よいセーターやブランケット。
    ◎天然素材の石鹸やシャンプー、コスメティクス、歯磨き粉などの日用消費財。
    ◎コーヒー豆や紅茶、ハーブティーなどの嗜好品。
    ◎シナモンやターメリック、岩塩、天然の砂糖などのスパイスや調味料。
    ◎ヘンプシードやCBDオイル、スピルリナ、モリンガなどスーパーフード。
    ◎アーユルヴェーダの各種生薬やサプリメント。

    今回は、他の人へのお土産も含め、かなりヴァラエティ豊かにインド製品を持ち帰ったので、初公開。お気に入りの商品、どれも紹介したいところだが、今日はこれからお出かけだ。インド在住の方の参考になるかもしれないので、後日、改めてブランドをリストアップしようと思う。
    数年前に母は「体操」を習いに行き始めたため、体操着にふさわしい綿ジャージーや竹繊維のシャツなどを多めに購入した。着心地がいいので、もちろん部屋着にもなる。

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    ✈︎7日早朝2時45分バンガロール発の日本航空便で、昨日の午後、成田に到着した。約11カ月ぶりの日本だ。

    数日前に記した通り、今回の帰国に際しては、日本における新型コロナウイルス感染症の水際対策情報が錯綜して少々混乱。日本人のわたしにさえわかりにくい内容で、4日遅れで入国する夫にとっては、さらにわかりにくい。

    結論から言うと、バンガロールの空港で、チェックイン時に陰性証明書(もしくは指定のワクチン3回接種証明)の提示を求められたが、空港到着後は、アップロードが必要とされていたVisit Japan Webの当該ページの提示も不要。検疫を通過する際「熱や咳はありませんか」と尋ねられ、「ない」と答えたらスルーという、シンプルなものだった。

    入国時の混雑を想定して、成田から福岡までのフライトは3時間以上の余裕をみていたが、結局、1時間早いフライトに変更したのだった。

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    ✈︎ところで今回、成田着陸時、稀有にスリリングな経験をした。この日、「追い風」が強く、8時間ほどの飛行時間が30分以上、短縮される様子だった。ところが下降体制に入ってのち、着陸を目前にして強風に煽られ、機体が大きくぶれた。その後、機体は左右にゆらゆらと翻弄され不安定に。

    「このまま着陸できるの……?」と思った瞬間、機体が左に傾いたまま着陸。

    この先の経験は、わたしの体感なので実際がどうだったのかはわからないが、自分の感覚を記しておく。

    機体は大きく揺れながら、左に傾いたまま、左側の車輪だけで着地。思ったよりも軽い衝撃だった。しかし滑走路を走る機体は傾いたままだったので、右側に着地する時、大きくバウンスするに違いないと、瞬間的に座席の肘掛けを握って身構えた。ところが、右側の車輪が滑走路に触れるか触れないか、わたしにはわからないほどの速やかさで、今度はす〜っと自然に、再び離陸、上昇を開始したのだ。

    「あれ? また飛んだ!」

    と、乗客の一人がつぶやく声が聞こえた。

    わたしは三半規管が弱いし、乗り物酔いもしやすい。しかしながら、気持ち悪くなるよりも先に、恐怖心と並んで「かっこいい!」という気持ちが起こった。そう。上昇する瞬間、「うわ、すごい!」と感じたのだ。

    揺れているにも関わらず、あまりに自然な一連の動きだったので、わたしの隣の隣の席の女性は、寝たまま気づいていなかった。それはそれで、すごい。

    結局、もう一度仕切り直しということで、成田上空を旋回し、やはり2回目もかなり揺れはしたものの、無事に着陸できたのだった。しばらくしてから、客席の随所で小さな拍手が起こったが、今、思い返すに、あれは盛大な拍手を送るべき、パイロットの腕前だった気がする。「ブラボー!」くらい言えばよかった。結果的に、予定通りの時間に到着したのだった。

    ✈︎今回のフライト。ギャレーへ水をもらいに行った時、フライトアテンダントの女性を話をした。彼女いわく、バンガロールがとても気に入ったとのこと。現在、バンガロール(ベンガルール)=成田間の日本航空直行便は週に3便のみ。ゆえに、バンガロールに数日滞在したという。あれこれと世間話をした。降り際、ドアが開くのを待つ間、彼女に「怖かったですね〜。でも、すごかったですね〜!」と声をかけたところ、

    「わたしは30年、この仕事をしていますが、タッチ・アンド・ゴーを経験するのは、これが2回目です!」

    「貴重な経験ですよ!」とのこと。

    機長からは、着陸前にあらかじめ、タッチ・アンド・ゴーの可能性があることを示唆されていたらしい。パイロットは訓練時、その練習をたくさんするから、心配はないが、それでも稀有なケースだったということを教わった。

    飛行機が着陸する時は、正面から「向かい風」が吹いているのが理想的だと言う。一方、難しいのは横風。滑走路が方向を変えられるわけではないから、そのときどきで変化する風向きを考慮して操縦する必要がある。

    飛行機は離陸時と着陸時が難しいとは知っていたが、着陸時の困難の理由を、今回、切に体感できた。同時にこれは、パイロットの腕前が問われるのであろう。ちなみに、わたしはこれまで、忘れがたくもスリリングなフライトを、今回以外にも4回、経験している。それぞれ書きたいところだが、それぞれ話が長くなるので割愛。

    ともあれ、無事に到着してよかった。夜、客観的に状況を知りたく、動画を検索した。多分、このような状態だったと思われる。
    淡々と穏やかに、最低限の状況説明をされていたJK0754便(4月7日)のパイロット氏……。ありがとうございました!

    ✈︎状況が近いと思われる動画を発見。参考までに。

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    🗽結婚して約2カ月後の、2001年9月11日。

    わたしはニューヨーク拠点。夫はワシントンD.C.拠点。

    二人は、二都市を行き来しながら生活していた。

    あの日、わたしは夫の住むアパートメントの窓から、黒煙を上げるペンタゴン(米国防総省)を見た。

    テレビの画面越しに、わたしが暮らす街の、二つの「塔」が崩れ落ちるのを見た。

    今でも、鮮明すぎるほどに蘇るあの日々。

    未来が見えない底なしの不安。

    泣き叫びたくなるほどの無力感。

    あのとき、ニューヨークを離れた理由を。

    それから、ワシントンD.C.を離れた理由を。

    唐突に、しかし確実に、インドを目指した理由を。

    改めて、まざまざと思い出す。

    まざまざと!

    坂本龍一氏の死の知らせは、自分の頭が思う以上に、自分の心の奥底を掻き乱す。

    音楽家……としてはもちろん、社会活動家……としても。

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    『非戦』

    拙著『街の灯』と並べる厚かましさを許せ。これらは同じ2002年に発行された。

    夫はヴェンチャー・キャピタリスト。資本主義の象徴の如く生業。

    敬意はあれど、米国での、我々の未来が見えなかった。

    目を凝らした先の、インド。

    求めて来たといえば、求めて来た。

    逃げて来たといえば、逃げて来た。

    切り拓いて来たといえば、切り拓いて来た。

    「しなやかに、歳を重ねたい」という滑稽。

    むしろ、足枷みたいな幻想。

    足掻き足掻いて、彷徨い流離い、多分、死ぬまで。

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    🐾北バンガロール。空港に近いこのヤラハンカの地に新居を構え、街中の旧居と往来する日々が始まって、まもなく1年。

    全部で200以上のヴィラが建設予定だが、完成しているのはまだ30程度。クラブハウスやスポーツジムなどの公共施設などを含め、全体が完成するにはまだ数年かかるだろう。

    北バンガロールは昨今、随所で開発が進んでいる。空港周辺はもちろんのこと、数キロ先にはこの街最大のショッピングモールが完成するし、市内のカボンパーク(ニューヨークにとってのセントラルパークのような存在)に並ぶ大きな公園の建設も計画されている。

    旧居と新居は車で約40分程度の距離。二つの家の管理は手間がかかるが、今のところ、問題はない。問題があるとするならば、4猫らが旧居にいるということ。我々が不在の週末は、ドライヴァーが朝晩、訪れて餌を与えてくれる。

    猫らは自由にやっているようだが、人間らは寂しい。

    昨夜、ご近所を散歩していたら、半野良さんを見つけた。片耳に切れ込みが入っているので、避妊手術を済ませた女子猫のようだ。ぴょんぴょん跳ねるように、元気に走り回るかわいい猫。

    同じく散歩をするご近所さんと挨拶を交わしつつ、皆フレンドリー、平和なコミュニティでよかった。

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    夜中、激しい雨音で目が覚める。有り難き乾季の雨。雨音に包まれて、脳裏には、大好きな曲、”RAIN”が巡る。坂本龍一のアルバム、『1996』に収録された曲。

    ちょうどわたしが日本を離れてニューヨークに暮らし始めたころに発売されたこのアルバムが、わたしにとっては、もっともよく聞いた、坂本龍一のアルバムだったと、思い返しながら……。

    昨夜は何度も目が覚めて、よく眠れなかった。

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    🙏自分の中で、一つの扉が閉じたような思いだ。

    高校時代。YMO。シンセサイザー。バンド活動。戦場のメリークリスマス。ラストエンペラー。シェルタリング・スカイ……。アルバム『1996』。……1996!

    渡米直後の1996年。マンハッタンの小さなライブハウス。最前列の席で。数メートル先で、ピアノを奏で歌う彼の姿が今でも鮮やかに蘇る。

    その数年後。ウエスト・ヴィレッジの路上で、わたしとアルヴィンドは、立ち止まり、毎度の口論していた。

    そのとき、マウンテンバイクを実にゆっくりと走らせていた男性が、我々を凝視しながら通過した。目が合った。

    ……ん? ……ん!! 坂本龍一氏!? 口論、中断。

    そんな瞬間の出会いすらも、宝物のように、際立って蘇るのだ。

    かつて、ほんの短い間ご夫婦だった二人の、東風、連弾。この動画が、本当に好き。矢野顕子さんとの思い出もまた、いつか綴りたい。

    僕には 始めと終わりがあるんだ
    こうして 長い間 空を見てる
    音楽 いつまでも続く 音楽
    踊っている僕を 君は見ている

    (作曲/坂本龍一、作詞/矢野顕子、ピーター・バラカン)

    May his soul rest in peace.

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